[車掌の警告]

列車は順調に走っていた。今夜は満月である。車窓では月明かりが沿線に広がる湖を浮かび上がらせている。
夕餉時となり、私たちの車両にも売り子が巡回してきた。
当地名物の和邇の鴫焼き弁当と暖かい茶の入った土瓶を買い求める。
友人が持参した乾し肉を取り出すと、猫は「ピャーン」と珍妙な歓声をあげた。
飲み水は茶売りが分けてくれた湯冷ましをめんぱの蓋に入れて与える。
私たちも弁当の蓋を取り、いただきますをしようとして違和感に気づく。
確か、弁当は2つ買った筈。然し、実際には3つ分の代金を払い3つ受け取っていたのだった。
茶の土瓶についてきた湯飲みも何故か3つある。
あまり一つの弁当は、蓋を取らずに私の籠の傍らの窓枠に置いた。湯呑にお茶を注ぎ、そこに添える。
いただきますをいうと、私たちは黙して食べ始めた。
後ほど売り子が、空の弁当と土瓶を回収にきたので器を取りまとめた。
窓辺に置いた湯呑は空になっており、そばの弁当の蓋を取ってみると、綺麗に残さず食べ終えてあった。
列車は湖に別れを告げ、残雪残る山々へと向かっている。車内の気温も下がってきた。
午後9時をまわり車内の照明が少し落とされ、人数分の毛布が配られた。
車掌見習いの男の子が、私たちの席にも毛布を4枚置いていった。
猫と籠に毛布をかけてやり、各々も包まっていると、今度は箱席ごとにカンテラが配られた。
車内に、車掌のアナウンスが流れた。
「毎度ご乗車頂き、真にありがとうございます。列車は定刻どおり、午前零時に乱杭峠を通過致します…
通過の際に、車内の照明を一旦停止致します。
窓は必ず施錠頂き、お客様お手元のカンテラの火は絶対にお消しになりませんようお願い致します。
終点T町への到着予定時刻は午前7時07分でございます…それでは、おやすみなさいませ。よい夢を」

就寝前のトイレから戻ってくると、さっきの子どもが私に柊の小枝を差し出した。
「おじいちゃんから」祖父から貰った物を私にも分けてくれる、ということらしい。
私はお礼をいって、子どもがしているのを真似て、窓枠に枝を差し込んだ。
友人は私の毛布、猫の毛布、彼の毛布の端を其々結び合わせた。
彼は連日の疲れもあったのか、それからすぐに寝息を立てはじめた。猫は相変わらずその膝を枕にして丸まっている。
カンテラの火から、窓に映る車内に視線を移すと、友人の隣の猫が2匹になっていた。

いつの間にか寝てしまっていたらしい。何かの声で目が覚める。
目を開けるが、そこは深淵の闇だ。しまった。灯火が消えてしまったようだ。
辺りを見回すと猫の目だけが光っている。猫は友人の膝の上に乗っているようだ。啼いているのは猫ではない。
通路の反対側の席や他の席のカンデラの明かりも全く無い。窓の方向から「ガチャガチャ」と聞こえる。
誰かが窓を開けようとしている…列車の外側から。「ビャウビャウ」また聞こえた。苛立ったような声だ。
「フォォォォォウォォォォォォ」これは猫だ。かけていた毛布がグイグイと引っ張られる。
咄嗟に今は空いている猫が座っていた席へ移動した。私が掛けると猫の足がストンと膝の上に着地した。
目を開いていてもなにも見えない。私は目を閉じてみた。私たちと向かい合わせの席、窓辺に誰かが居た。
誰か、が窓に向かい、深呼吸をするような動作をすると、窓ガラスから動物のようなものが染み出てきた。
沸いて出たそれらは、次々と誰かの口の中に吸い込まれてしまった。
助けを呼ぼうと叫びかけたところ、プニ、と肉球が私の口に押し付けられた。鼻息も感じる。
プニプニプニ フンカフンカフンカ クルルルルルルクルルルルルルルクルルルルルル
私はそのまま眠ってしまった。


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