[赤い仏像]

ある秋の日の話をしようと思う。
その日は、図書館で見つけ出した郷土史に載っていた【赤い仏像】なる物を一目観ようと少しばかり遠出したのだった。

俺は少々オカルトな趣味が有り、変な話や不思議な物等が大好物だった。

赤い仏像との出会いは偶然だったが、出会った時から一目惚れであった。
場所を調べ上げ宿の手配も済んだ、幸か不幸か彼女や友人などと言う煩わしい人種は居ない。
準備万端である。

いざ出陣!と腰を上げたその時、携帯が泣き喚いた…出鼻を挫かれつつ画面に目をやると見慣れぬ番号が表示されていた。

怪訝な面持ちで出ると何やら唸り声のような音声が延々と流れていた。
予想はしていた。こうでなければこんな怪しい電話には応えない。
こんなタイミングで掛かって来るのは虫の知らせと相場が決まっているのだ。

そして虫の知らせならこれは幸先が良い事になる。
“何か”が起こる。予感は確信へと近付いて行く。

逸る気持ちを抑えつつ車に乗り込みエンジンを…かからない。
バッテリー切れらしい。
どうやら俺の守護霊は頼りがいのある御節介みたいだ 。

30分後俺は軽快に車を飛ばして居た。
見覚えは無くとも走り慣れた蛇行する林道を縫って行く。

行きがてら、何かの遠吠えを聴き竦み上がった。
威嚇なのだろうか?それとも俺を呼んでいるのだろうか?

宿に着いたのは昼過ぎだった。
こぢんまりしているものの趣のある宿だ。
ここが今回の拠点になる。

部屋へ案内してもらい軽く言葉を交わす。
どうやらこんな田舎に独り身の若い男が来るのは珍しいらしい。

『余計なお世話かもしれませんが、何かお悩みでしたらいつでもお話下さいませ』
何か勘違いしているらしく、急に自分が滑稽に思え笑いがこみ上げた。
堪え切れず吹き出す俺を仲居さんはキョトンとして見ていた。

『いえいえ、変な気を起こすつもりはありませんよ(笑)お気遣い有難うございます』
仲居さんは紅葉色の頬で照れくさく笑った。

『それではこちらへは何の御用で?あ、作家さんですか?それならなるべく静かにするよう他の仲(ry』
彼女を遮り訳を話す。

『いえいえ、実はこの本に載っていた【赤い仏像】なるものを一目観ようと遙々駆け付けた訳です。』

『はぁ…赤い仏像…ですか…』

『御存知ですか?』

『いえ、誠に申し訳ございませんが存じておりません』

『何やら寺に保管されてるらしいんですが』

『お寺ですか。お寺なら近くに○○寺という寺が在りますが』

『なるほど。でしたら其処を訪ねてみます。お寺にはどなたか居りますか?』

『あぁはい。住職様が一人』

________
仲居さんに書いて貰った寺の名前と簡単な地図が載った紙を広げ寝転がる。
脇に転がる鞄から郷土史の本を開く。

【赤い仏像】
×県△市○○村
寺院に眠るその仏像の異様さたるや筆舌に尽くし難い
曰わく“赤い仏像”曰わく“紅仏様”曰わく“血仏”
大きさは高さ一尺、幅は約三寸
容貌は赤黒く強い異臭を放っている
あまり気持ちの良い代物ではない
住職によればその仏像は時折血の涙を流すらしく、確かに目尻から何かしら垂れたような跡は確認出来た
聞くところによると、かつてはこの仏像を家から家へ回す風習が在ったらしい
更に古い話では、この仏像は元々呪詛の祭具として…

ここから下は読めない。
子供の悪戯だろうか?何やら赤いクレヨンのようなもので塗り潰されている。

この続きをどうしても確かめたくて俺はこうして此処に来たのだ。

腰を上げると早速寺を訪ねようと出掛けた。
山々には紅葉した木々が生い茂り、澄み切った川が音色を奏でる。山紫水明とはこのことだ。
煩わしい日常の喧騒から離れ、穏やかに流れる時に酔いしれていたが、いかんいかんと我に戻る。

寺はホントに近くに在った。
赤い仏像を見せて欲しいと庭掃除をしていた住職に申し出た。

『赤い仏像か』
口振りからこの住職は知っているらしい事が見て取れた。

『一目観るだけで良いんです』

『あれなら、今は此処には無いんだ』
『山の方の寺に移していてね。今は其処に保管しているよ』

『なんとかなりませんかね』

『あんな仏像を見てどうするんだい?』

俺は例の本を渡し一部始終を説明した。

『ふむ、丁度赤い仏像も含め何か盗まれていないか確認しなければと思っていたところだ、私が案内しよう。支度をするから暫く待ってなさい』

ついに【赤い仏像】と御対面だ。
俺は遠距離恋愛の彼女と久々に逢うかのような気持ちの高ぶりを感じていた。


住職の運転する軽トラに乗り山の方へと走って行く。
山道を登っていると中腹辺りに開けた駐車場が在り其処に車を停めた。

『ここからは歩きだ』
50〜60代だろう住職は軽々と山道を登って行く。
対する俺はやはり日頃の運動不足からか既に息が上がっていた。

続く