[おまじない]


15年ほど前の、子供のころの話。
休みで特にすることもなかったその日、朝早くから出かける両親を
起き抜けで眠い身体を引きずりながらやっとのことで見送った後
あまりの眠さにそのまま玄関に寝そべって居眠りしちゃったんだな。

で、夢を見たんだ。その出かける道中で親父がいきなり悶死する夢。

ただの夢だとは思えず、と言うか「あぁ、これはたった今死んだんだ」と
どういうわけか確信して疑わなかった。

ここまで、目が覚めても玄関のフローリングに寝そべったまま考えてたんだけど
床に当てた耳に床を介して野球中継が聞こえる。きっと隣の部屋にいる爺ちゃんだ。

滅茶苦茶だるい身体を起こして「父ちゃんが死ぬ夢を見た」と爺ちゃんに言おうと
部屋に入ると、テレビを点けっぱなしにして爺ちゃんも床に寝そべって昼寝してた。

起こすのも悪いかなと思い、テレビだけ消そうと部屋に入ったら妙なものが目に入った。
爺ちゃんの足、両足の親指が輪ゴムで一つにくくられてる。
不思議に思ってなんとなくその輪ゴムを外すと、指をいじられたせいか爺ちゃんが起きた。

「爺ちゃん、この足の輪ゴムは何さ」

「あぁ、ここんとこ夜中にヘンなのが来るから巻いてるのさ」

「ヘンなのって?」

「夜中にウンコの嫌な匂いがして目を覚ますんだ。すると、部屋の隅に黒いものが沢山とぐろを
 巻いてるっちゅーか、積み重なってるのが見える」

そう言って爺ちゃんは手で太さを示した。ナマコぐらいの太さで、滅茶苦茶長いものらしい。

「それの端っこは部屋の中まで伸びて、ぐぅるぐる、ぐぅ〜るぐる、ぐぅ〜〜るぐると渦を巻いてるんだ」

「で、最後は俺の布団の中、足の間を通って先端が鼻先まで来てる。これがプゥ〜ンと臭うのよ」

「これが続くから、嫌になって通り道になってる足の間をゴムでくくったのさ。不思議とこれで見なくなった」


爺ちゃんの夢とも現実とも付かない話に聞き入っていた俺は、自分の夢の話なんかすっかり忘れてしまって
夕方ぐらいに親父が何事もなく帰ってきたのを見てようやく思い出したぐらいだった。

今になってこうやって要点だけ抜き出すと、どうしても馬鹿でかい巻きグソに思えて仕方ないわけだが、
爺ちゃんの語り口調のせいでとんでもなく恐ろしい物に思えて戦慄したのを覚えてる。
別段、親父にも爺ちゃんにも不幸があったなんてわけじゃないんだけどね。



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