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[黒いモノ]

もう十数年前の話になる。
当時大学生であった僕と、高校生以来からの友人の二人で酒を酌み交わしていた。
ここでは友人の名を仮に木村としておく。
立飲みで酒の回りが早かったのか、木村はいつも以上に饒舌だった。
「実はさあ、出るんだよウチのアパート。」
木村のアパートは風呂無し四畳一間のボロだったが、家賃は都内にしては破格の一万円台だった。
「何って、幽霊だよ幽霊。」
木村はその内容に相反してとても嬉しそうな口調で語った。
前から怖いもの知らずのきらいがあった木村にとって、幽霊とは人生を彩る要素の一つに過ぎなかったのだろう。
「夜中の決まった時間に目が覚めるんだけど、俺は金縛りになってて動けないんだ。そしていつも黒い影が俺の顔を覗きこんでくるんだよ。」

金縛りといっても半覚醒の状態で、体が眠っていて動けないだけ。幻覚を見ることも多々ある。僕は木村にそう言った。
「始めは俺もそう思ってたさ。でもな、最近夜中以外でも黒い影を見かけるようになったんだよ。その黒い影はずっと俺の方を向いてくるんだ。流石の俺でも少し気味が悪いな。」
笑って話す木村には危機感など微塵も感じられなかった。
「その黒い影ってのがさ、やけに輪郭がはっきりしてるんだよ。で、光沢が全く無いからそこだけ穴が開いてるように見えるんだ。」
始めは半信半疑であった僕でも何か不穏なものを感じて、黒い影をお祓いをしてもらうように言った。
木村は渋っていたが僕はなんとか説得して、後日近くの神社に行くことになった。
「どうせあんなものインチキだよ。相談したところでどうにもなんないさ。」
そう高を括る木村は自分の身よりも幽霊という話のタネのことを心配しているようだった。

「あれを祓うことなどできない、早く引き払った方が身のためだ。」
僕がアパートの名前を告げた途端、神主は目を剥いて血相を変えそう言った。
「すぐ出なさい。今すぐに。」
神主の顔には明らかに恐怖の色が浮かんでいた。僕達に念押しをすると足早に神社の奥へと去って行った。
僕は唖然としていたが、木村は全く意に介している様子が無かった。
「そうそう格安物件を捨てられるかよ。生活かかってんだ。」
そして木村はこう続けた。
「それに、神主ですらさじを投げて逃げ出す幽霊アパートなんて箔がついちまったしな。」
僕は呆れて物も言えなかった。

それから一か月経った頃、全く音沙汰の無かった木村から連絡があった。
「今すぐ来てくれないか。」
もう夜の十時を回っていたし、僕は明日にしてほしいと言ったのだが。
「頼む。」
彼の声色は今まで聞いたことがないものだったので、僕は少し心配になった。
僕が返事をしないうちに電話は切れた。公衆電話の耳障りな音がその日に限って不気味に聞こえた。

アパートについたのは十一時頃だった。
呼び鈴を押しても反応が無く、ノブを回したらドアは開いた。
木村は部屋の隅で布団をかぶり膝を抱えて座っていた。
一体どうしたのか聞いてもただ首を振るばかりで、彼が落ち着くまで僕は冷蔵庫から拝借したビールを飲んでいた。
その時から部屋の異様な雰囲気を感じていたが僕は黙っていた。
十分程してやっと彼は口を開いた。
「触ってしまった。」

続く