[曰くつきのアパート]

後あと聞いた話によると、当時私が住んでいたアパートが建っていたあたりは
”いわく”付きの話が多いそうでした。
どんな”いわく”なのかは、結局教えてもらえなかったのですが…。

2DKで、もたれるとぱらぱら何かが落ちてくる綿壁。
そっと歩いても、ギシギシという畳。
昼でも薄暗いのは、窓向きのせいだと思っていました。

そんな部屋に、引っ越して3ヶ月ほどたったある夜の事でした。

私は、2ヶ月以上も風邪をひいていて、ずっと8度から熱がさがらない
状態で、かなり体力も削られていました。

もしかしたら、そんな極限に近い状態の体力が見せた幻だったのかもしれません。

時計を見れなかったので、はっきりした時間は解らなかったのですが、とにかく
深夜の事でした。

木製の玄関を、どん、どん、と叩く音がしました。
その音で、意識はさめたのですが、どうしても目が開かず、それどころか
指すら動かせませんでした。

声も出ないまま、ドアを叩く音がだんだんと大きくなるのだけ聞いていました。

「……お………ぞ…」
ノックしている”それ”が何かを言ったのと同時に、玄関の隙間から真っ黒い
人型の陰が、私の寝ている部屋まで一気に飛んできたのを、目を閉じているのに
わかりました。

「お………ぞ…」
”それ”は、また何かを話しながら、今度は私の周りをぐるぐると回り始めました。

夢を見ているのだと思った私は、早く目をさまさなきゃと思い、唯一動きそうな
足の指に神経を集めていました。

ふいに、右手になにか繊維質のモノが障った感触がして、その瞬間に目が開きました。

そこで見たのです。

黒い陰に覆われた血走ったフタツの目。

視線があった所までしか覚えていません。

次の日目を覚ますと、猫2匹分は充分にある、長く黒い髪の毛が部屋のあちこちに
散乱していました。

怖くなった私が彼氏に相談すると、その日の内に彼氏の家へ引っ越しできる準備を
してくれました。
そして、彼氏の家に移った夜から、私の風邪は嘘のように治りました。

大阪市の、都島区にある、二階建ての小さいアパートでの出来事です。

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