[生き延びた男]
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その替わりに声が聞こえた。
「この部屋に入院している者の母でございます。」
「実は荷物を持っていまして…すいません、開けて頂けませんか?」
男の母親の声だ。
が、母親は単身赴任の父を訪ねて東京にいるはずだった。
ここは旭川だ…こんなに早く母が到着できるのだろうか?
そもそも誰が連絡したのだろうか?
この時、男はその不自然さに気づいた。

「はーい、今開けますね…。」
男は
「駄目だ!開けては駄目だ!」
と男が声をあげようとした瞬間


ゴトッ…!

男が気づいた事とは、どうやらそいつは自分では決してドアを開けない、と言う事。
そいつは、どんな人の声も真似できるらしいと言う事。
そいつはあらゆる口実でドアを開けさせようとする事。
そして最後にそいつは自分の存在を知った人間を、殺すまで追い続けると言う事…。
男はその時はベッドを仕切るカーテンの中で気絶してしまったので、助かったようだった。
しかしそれ以来男はドアのある場所へは近づく事もできなくなってしまったらしい。
現在もその男は精神病院の鉄格子の中で、大学ノートにこう書き続けているそうだ。
あの古本屋で見つけた、ノートの持ち主と同じように…。

奴が来る奴が来る奴が来る奴が来る奴が来る奴が来る奴が来る奴が来る奴が来る奴が来る奴が来る奴が来る
この話を聞いてしまった時、私の所にもそいつが来るのではないかと心配になりました。
しかしいくらなんでも、それはないと思っていました。
しかしこの話を友人二人にしていた時、話が終わった午前五時、いきなり家のチャイムが鳴って驚きました。
恐る恐る玄関に行くと
「おい、俺だよ俺。祐司だよ!開けてくれよ!」
と、東京に就職した友人の声がしました。
さすがに皆焦って、そっと鍵を開けて
「鍵開いてるよ!」
って言ったんです。
そうしたら
「お土産沢山抱えてて…開けてくれよ!なあ!開けてくれよ!」
それを聞いて全員怯えてしまったんですど、友人の一人が機転を利かせて、裏口を開けたんです。
そして
「祐司、なんかドア壊れたみたい。裏口開いてるから入っておいで。」
って言いました。
今考えると入ってきたらどうするんだ!って話なんですけど、その時は無我夢中で。
朝まで友人皆と布団被って震えてました。
十時頃、祐司に電話してみると
「え、今?東京にいるけど、なんで?」
それを聞いて、私達はゾッとしてしまいました。
今でも半信半疑ですが、もう誰かの為にドアを開ける事は絶対にしないようにしています。


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Part207
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