[ドトール]
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おかしな奴だな、と思いながらコーヒーを口に運んだその時、1人のおばちゃんが
こちらに歩いてきた。おばちゃんは黒っぽい奴のテーブルにコーヒーを置くと、
そいつの向かいにどしんと座った。(なーんだ、このおっさん待ち合わせだったのか)
と1人納得し携帯を手にしようとした時、奇妙な事に気がついた。そのおばちゃんは
飲み物を一つしか持ってきていない。そして、そのおっさんに声をかける事もなく
完全に無視してカバンから文庫本やらタバコを取り出している。(あれ?知り合いじゃない
のか。じゃあ相席?いや相席するにしても一言くらいは声かけるだろjk……)と、
私が首を傾げているとそのおばちゃんは立ち上がり、用の済んだカバンを
黒っぽい奴が座っているシートに放り投げた。うわ〜痛そう、と思いながら
カバンを投げつけられたおっさんの膝を見ると、そいつの膝は……いつのまにか
透けていて、カバンだけがあった。あり得ない光景に、私の頭は混乱する。
(えっ?あれ、おかしい、おかしいよ!なんだコレ!?何で体が透けてるんだ?
まさかまさか……)
その時、カバンを投げつけられても無反応だった黒っぽい奴が、ゆっくりと
顔を上げてこちらを向いた。やっぱりおっさんだ。肝臓でも壊してるのかと思うくらい、
皮膚が赤黒い。そのおっさんは唇の端を上げ、黄色い歯をむき出して笑った。
「気づくのが遅いんだよ」
小さくて低い声だけど、頭に直接響いてくる声。それを聞いた時に私はやっと、
全てを理解した。私が、黒っぽい奴の正体に気付いていなかっただけだったのだ。
気付いてしまえば、そいつがいつ行っても同じ格好で同じ姿勢で喫煙席で座って
いるのもテーブルに何も置かれていないのも一ヶ月前の話も全て説明が付く。
思い返すと、半年前は8月だった。40度近い真夏に暑苦しいコート着ている奴に
初めて会った時、私はどうして違和感を憶えなかったのか。そうだ、このおっさんは
人間じゃない。
「うわあああああああああああああっ!!!!」
店中の人が振り返るのも構わず、私は弾けるように立ち上がるとダッシュで逃げ出した。
そのおっさんが追いかけてきたらと思うと、怖くてとても振り向けなかった。
その後、上の空で仕事をこなした。帰り道でもまだ放心状態でぼーっとしていると、
携帯が鳴った。メールは、親しくなったドトールの子からだった。
「さっきはどうしたの?急に叫んで出ていったからびっくりしたよ」
震える指で、ずっと浮かんでいた疑問を返す。
「そんな事より、昼下がりにいつもいる黒っぽいお客さんって知ってる?
年輩の男の人で、長いチャコールグレーのコート着て緑色のニット帽
被ってるんだけど」
返信は、すでに予想がついていた。
「そんな人、見た事ないよ」
明日はバイト。
私は休憩時間のドトールで、またあのおっさんをみかけるのだろうか。
以上です。ちなみに、知人がそれ以降も黒っぽいおっさんを
見かけたかどうかはわかりません。