[繋がれた犬]

ちょっと長いですが記憶が鈍る前に中学高校と世話になった一個上の先輩の話をしようと思います。
怖くなかったらすいません。
住んでたところはかなり田舎で、オカルトだの何だのの趣味は何だか人に言えなかったのですが、
ひょんなことで同志であると発覚、よくつるむようになった人です。
先輩が中三の初夏のこと。

「お前、今日暇だら?」
と、藪から棒に聞かれた。
今日は金曜で、明日は珍しく部活がない。つまり、寝坊が出来るということ。
「暇ですよ」
短く答えると、先輩は嬉しそうに笑った。
「ほいじゃあ八時にお前んちに迎え行くで」
「どっか行くんですか?」
「首吊りあったとこ。アナゴつかみ取りの。行きたいら?」
補足で言っておくと、住んでた土地には静かに死にたいよそ者が
たまに自殺に来てた。
勿論行ってみたかったから二つ返事でうなずいて、うちに帰るなり親を説得。
星を見に行くと嘘をついたら案外すんなり許してくれた。
月の明るい日だったから、星なんてあんまり見えなかったかもしれないけど。

懐中電灯で先輩の来るほうを照らしていたら、ぐらぐらした光が坂を上ってきた。
懐中電灯をかごに入れてきたらしい。ライトくらい付けりゃいいのに。
何か言う前に懐中電灯と竹刀を手渡され、たいした挨拶もなくニケツで走り出した。
切れた電灯が並ぶ道をたらたら走っていくと、一時間弱で到着。
コンビニも閉まる時間だったから、歩いてる人には会わなかった。
舗装された道路にチャリを置いて、山ん中に踏み込んだ。
木がたくさんあって(山ん中だから当たり前だけど)どの木で吊ったかなんて解らないはずなのに、
先輩は竹刀で草をなぎ払いながらどんどん進んでいく。
横顔を盗み見ると、忙しなく周囲を見回して何か探しているようだった。
風のせいか、木が軋んでいる。奥に踏み入るたびにその音が大きくなる気がして怖かった。
ふと、一本の大きな木が目に留まった。
別に開けた場所に出たわけじゃないし、似たような丈夫そうな木はたくさんあったけど、
何故だかそれは目立っていた。
「あれだ」

先輩は懐中電灯の明かりをその木に向けた。
強い風が吹いていて、山全体がごうごう唸っていた。
どうして先輩の言葉をすんなり信じたのかはわからない。
ただ薄気味悪いだけの木にしか見えなくて、ちょっと拍子抜けした。
「何か、やっぱり気味悪いですねえ?」
「気味悪い? それだけ?」
大袈裟な声にびっくりして先輩を見ると、楽しげに木を見ていた。
こっちのことなんて、ちらりとも見なかった。
何か尋ねようと口を開くが、先輩はさらさらと続ける。
「お前、見えん? はは、残念だやあ。ほら、そこにおるじゃん。すげえこっち見とるし。
ひひひ、悔しかったらこっち来てみろよ。おら、」
後半は何か別のものに話しかけてた。
自分だけ元の世界に置いてかれているのが恐ろしくて、必死に木のあたりに目を凝らした。
懐中電灯の明かりが揺れるだけで何も見えない。
木がごうごうと、ぎしぎしと鳴っている。
先輩はひたすらに何かと会話している。
不意に、先輩が「こっち」へ戻ってきた。
「鈍いね、お前。見えんくても聞こえとるだら?」
示し合わせたように風がやんだ。

はじめは揺れの名残で軋んでるんだと思った。
でも、大きな「ごうごう」が遠ざかって、やっと気づく。
目の前の大きな木が軋んでいる。
木が軋んでるだけじゃない、何か、なんかが軋んでる。
「ほれみん。おるだらあ」
得意げな声も耳に入らなかった。
意識を集中させると、木に何か当たる音も聞こえる。
何かいた。
「何ですか、あれ」
「幽霊?」
幽霊なんて言うと途端にきな臭くなった。
でも、そこにいる。
見えないから危機感が薄かったのかもしれない。
逃げる気はまだ起きなかった。そのときは。
「幽霊、何やってんですか?」
間抜けな質問だったと思う。
「うん? こっち来ようとしとるよ。縄切りそうな勢い」
ぷつんと頭の中で何かが切れて、先輩の腕を掴んで走り出した。

あっちゃこっちゃ引っかき傷を作りながら道路に出た。
先輩の手から懐中電灯をもぎ取り、散々急かしてやっと帰り道を走り出した。
「やばいんなら言ってくださいよ!」
「やばくないよ。多分」
多分。
「俺の自論ではさ」
立ち漕ぎしながら、先輩は言った。
「首吊り死体はこっち来んじゃんね」
首輪でつながれた犬、なんちゃって。だと。

中途半端で申し訳ない(方言、話、どちらも)。
文章下手ですが懲りずにまたなんか話しに来るかもしれないです。
ところで、実際首吊り死体ってどうなんでしょう?


次の話

Part206
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