[立っている]

実を言えば十日ほど前に人?を轢いてしまった。
山道を走っていた時で、カーブを曲がった所にいきなり立っていた男?を避けられなかったのだ。
正直「やっちまった・・・」とは思ったものの、別段目撃者がいる訳でもなく、明らかに首が折れ曲がっていて血まみれの様子なので「死んでるな」と判断してそのまま崖下に突き落として帰宅した。
まあ夜中の10時過ぎにあんな真っ暗な山道にいるような奴だし、捜索などもされる事は無いだろうと思ったが一応気にはなるので新聞やニュースなどをチェックしてはいたがその様な内容の物は無かった。
少しほっとしたのを覚えている。

そして三日前の事だ。
いきなり「奴」が俺の前に現れた。
顔は覚えている。
確かに俺が轢いて崖下に落とした奴に違いない。
会社からの帰り道、もう日も落ちた時間、ビルの隙間の暗がりにあの時と同じ様に立っている。なぜか、立っている。
俺はあんな風に首が折れ曲がったまま立っていられる人間がいる事を知らない。
しばらく見ていたがどうも俺以外の人には見えているようではない。
動こうとしている様にも見えるがどうやら明るい所には出てくる事が出来ない様にも見える。
そうして考えてみると、どうもこれは俺の見ている錯覚なのだろうか?
10分ほどそのまま考えていたような気がする。
ふと気付くと奴は居なくなっていた。
やはり錯覚だったのだろうと思い、そのまま家に帰ったのを覚えている

それからは毎日俺の前に現れている。
明るい内は決して出てこないが、日が落ち暗闇が増え始めるとふと目を向けた瞬間にそこにいる。
一昨日は地下鉄の線路上で見た。
駅に立っていたらトンネルの暗がりに奴が立っているのが見えた。
「おいおいそんな所に立っていたらまた轢かれちまうぞ」なんて馬鹿げた事を考えたのを覚えている。
錯覚が轢かれる筈も無いのに。

昨日は近所の公園に居た。
公園の中の暗がりに奴は立っていた。
相変わらず明るい所には出てこない。
しばらく見つめているとやはりというか消えていた。
こうも頻繁に錯覚を見るというのは、どうも俺は精神的に大分追い詰められているのだろうか・・・?

今日は俺のマンションの駐輪場に立っていた。
さすがにこれには驚いた。
段々近づいてきているという事か・・?何が?
錯覚が近づいている・・・?俺は混乱しているのか?

とにかく急いでマンションに入り、全ての明かりをつけて今PCの前に座っている。
これは一体どう判断したらいいのだろう。
あれは本当に錯覚なのか?
もし・・・
もし本物なのだとしたらあれは一体なんだ?
・・・本物?
いやそんな筈は無いだろう?
だってあんな物が動く筈があるか?
そうだ、錯覚でなければ俺が困る。
そうでなければ今突然全ての明かりが消えた部屋の中で俺はどうすれば良い?
ただ唯一PCのモニタのぼんやりした明かりの中で俺はどうすればいいんだ?
そうあんな物は錯覚に決まっている。
そうだとも今俺の顔の横に見えるこの血まみれの手もさっか


次の話

Part204
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