[化けて出られないほど]

以前勤めていた会社の近所にあった町工場で起こった話。

年末も近いある日、樹脂と着色剤などを混ぜる仕事をしているその町工場では、
何台もあるミキサーの年末大掃除をしていた。
ミキサーと言ってもさすがに専門の工場だから、
容量2000リッターなんていう巨大なものも設置されていて、
そういうミキサーの大掃除というのは、人がそのミキサーの筒の中に入ってやる。

その装置はヘンシェルミキサーといって、金属製のがっちり分厚い筒の中で、
筒の内径すれすれの大きさのステンレス製のスクリュー羽根が毎分数百回転する構造。
俺は機械に詳しくないんで、ひょっとしたら勘違いがあるかもしれないが、
しかし要するに、そういう感じの人がすっぽり入れる強力ミキサーがあったわけだ。

工場長(兼、社長)が夕方、外出先から工場に戻ってみると、
なぜか作業場から変な笑い声が聞こえる。
作業員の名札掛けを見ると、主任ともう一人の工員が残っているらしい。
現場に行ってみると、笑っているのは主任で、
ミキサーの前でぺしゃりと座り込み、床には失禁した尿が流れている。
ミキサーの周りには、ウンコとジンギスカン焼肉が混ざったようなというか、
そんな悪臭が満ちている。

工場長は観念してミキサーの中をのぞき込み、
そこに予想通りの、完全に粉砕された、
人間一人分の焦げかかった肉と骨の混合物を発見した。
(高速ミキサーだとシアリング熱とやらで熱くなるものなんだそうだ。)

以上がその社長の話を聞いた元従業員からの又聞き。
においとかはそいつの表現だ。
主任は完全に発狂していて、事故の原因を聴取することはできなかったそうだ。
警察にも、掃除後に動作テストをしようとしていたときに、
何らかの手順ミスがあったのだろうと推測することしかできなかった。

この事故がもとでこの工場は操業停止命令を受け、
資金繰りが苦しかったこの町工場はたちまち追いつめられた。
社長は行方不明になり、3ヶ月後に首吊り死体で見つかった。

町工場は廃墟となったが、そこに幽霊が出るという話はないと聞いた。
俺に話してくれたくだんの元従業員によると、
「さすがに、あれだけ粉々になっちゃ、化けて出られても何だかわからねぇし」
だそうだ。


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Part197
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