[猫の親子]

友人に教えられて覗いて見たら、動物の話があったので書きこんでみます。
俺が生涯体験した最も怖い出来事は、猫たちの話。



本年21歳になる俺は元々田舎の生まれで、少し足を伸ばせば海が見える、
山と川に挟まれた愛知県の某町で両親と3匹のシャム猫と暮らしてた。
母猫のジジと、ザザとゾゾの姉弟。ゾゾは体格がよくて、近所のボス猫だったらしい。
生まれたときから一緒だったので、ザザとゾゾは俺をよく構ってくれた。
加減もしらない馬鹿ガキだったけど、猫の機嫌の伺い方は本能で覚えたんだと思う。


ところでその頃、俺が住んでいた一軒家の近所に、父方の実家があった。
祖父祖母叔父夫婦、従兄弟の三兄妹が住んでいたが、俺はその親戚一家に懐かずにいた。
酪農農家を営んでいるからか、家の中はうっすら獣のような臭いがしていたし、
向こうの一家も俺のことを特に歓迎していない雰囲気があったからだ。
とりわけ祖父の理不尽な頑固は子供心にも異様に思えたし、
父親の兄にあたる叔父は得体の知れないところがあって、どうしても好きになれなかった。
そして普段礼節に厳しい母親も、俺のそんな態度については何も言わなかった。

そんなある日、多分小学1、2年のころ、早い時間に目を覚ました事がある。
万年朝寝坊だった俺は、ものすごく冷え込んだ日だったこともあって、そのまままたすぐ
布団に潜り込んだ。一階あたりで何だか声が聞こえたような気がするが、気にしなかった。
ただいきなりザザが飛び込んできて、布団の中に入ってきてくれたのは覚えている。
その後目覚まし時計に起こされたが、ザザはランドセルを背負うまでずっと部屋にいてくれた。


そしてそんなことが日を置いて3,4回続いた。
朝だか夜だか、とりあえず決まって俺は寝ていて、どこか遠くから声が聞こえて起きる。
すると猫が傍に来てくれたり、又は布団の上で寝ていたりして、また眠る。
特に不思議なこととは思わなかった。ただ、繰り返し遭遇していくうちに、
遠くの声は何だか、理不尽に怒鳴るような、一方的な罵声のように思えた。
両親や友達に相談する気も起きなかった。学校は遊ぶ処だったし、家には猫がいるから、
話は猫に聞いてもらって、猫から返事を聞いたような気をしていれば十分だったからだ。
今思えば俺も十分へんな子だったかもしれないが、猫たちは殆ど姉兄のような間柄だった。


しかし小学3年の夏、母猫のジジが入院することになる。

ジジは老衰のため消化器官を悪くし、排泄にすら痛みを伴うようになっていたらしい。
小学生の俺はジジの身体が悪くなったことしか判らず、ただ不安になった。
その日は手術のため、母はジジを伴って遠くの家畜病院まで行き、俺は父と親戚の家に泊まった。
従兄弟たちの住む離れは心細く、実家の父の部屋にも泊まれなかった俺は、
平屋建て似合わない、ちぐはぐな洋間で寝ることにした。
心細さとジジに対する不安でなかなか寝つけなかったが、ようやくうとうととし始めた頃。


みしぃ、と板敷きが軋む音が聞こえた。眠っている俺を気遣うような、慎重な足取りだった。
トイレは逆方向だし、父親が様子見に来たのだろうかと思い、毛布から少し顔を上げると、
そこにはぼうっとした様子の、叔父がいた。

話しかけるでもなく、明かりも付けず、ただ黒ずんだ顔でこちらをじっと見ている。
少し猫背にして、怒っても笑ってもいない、魂の抜けたような顔で俺のことを見ていた。
その只ならぬ様子に声も上げられず縮こまった俺はすぐさま布団を被り目をつむった。
意味が分からなかったし凄く怖かった。どれくらい経ったか分からないが、叔父は一時間以上は
そうしていたと思う。やがて気配が去って行っても、俺は布団から出られないまま朝を待った。

叔母が起き出して俺を起こしに来てくれたが、父親が来るまでは絶対に起きない!と言い張り、
呼ばれてやってきた父親から家の鍵をその場で貰うと、先に家に帰ると言って飛び出した。
玄関向かって廊下を走っていく途中、食堂の中で叔父が食事をしているのが目に入った。
なんだか細長いパンを食べていたが、真ん中に入った切れ目からは蛆のような白いモノが
一杯詰まり、うごめいているように見えて、俺は一目散に家へ帰った。

続く