[縄張り]

もしかして微怖かもしれんけど、俺の元カノの話を。

三年前に付き合っていた俺の元カノは霊感体質で、日頃から常に見えてるような人だった。
彼女の部屋にいても「上の階のおじーちゃんがベランダから見てるわ〜。」とか(その人は一年前に孤独死してる)、レストランで「前の席のおっさん、見える?」とかいきなり聞いてきたりで、
俺は全く見えないから「いないいないw」「ビビらそーとしても無駄やでwww」とかなんとか言ってはぐらかしていた。

けど、その日ばかりは俺も信じざるをえなかった。

ある日、彼女の車で大阪市内に遊びに行ったんだ。

天王寺まで行って、今日は何食べようとか他愛ない会話をしている時、ふと彼女が車を止めた。

場所はT動物園の裏手。
特に何の店もない暗い路地裏。…思えば何であんな所に車を進めていたんだろう、彼女は。

「ん?何、どうしたの。」俺が聞いても彼女は何も答えない。じっと窓の外を凝視している。

すると、ふと、「あそこ」と言って、ある一点を指差した。

暗闇の中に浮かび上がる門、その横をけばけばしい色の旗が沢山揺れている。俗に言う大衆劇の芝居小屋のようだ。

「あそこ、女の人が立ってるの。解る?」門の右端を指しながら彼女は言った。
「なんも…見えへんよ。気のせいちゃう?」
嘘だ。俺には姿形こそ見えなかったが、その辺りだけ何かうすぼんやり明るい事は確かに分かった。

見えない俺に変わって彼女が説明してくれた。女の年齢は30くらい。ブラウスを着て、門の端に突っ立っていたそうだ。

悪寒がざわざわ沸いて出てくる。早くこんな所出たい。そう思って彼女に声をかけようとした。

すると彼女が突然怯えはじめた。「来た…どうしよう、最悪やわ…」

「…どうした?」
「あの女の人、もうあそこにはいないんだ…今ね………後部座席に座ってる……」

俺は思わず振り返りかけたが、彼女が「あかん!!絶対振り向くな!!」って凄い剣幕で制止して、俺は固まるしかなかった。

彼女が車をゆっくりと動かしはじめた。それとほぼ同時に窓を全開にした。出ていきやすくするためらしい。
ゆっくりと路地を進める。彼女は無言のままだ。俺は目を閉じて時が過ぎるのをじっと待った。
俺のすぐ50センチ後ろには、この世のものじゃないものが、居る。
そう考えただけで息が苦しくなる。
早く、早く過ぎ去ってくれ…

「キャアアアアアアア!!!」
悲鳴と共に車は急ブレーキで止まり、その衝撃で俺は正気に戻った。

ゼェゼェとした息をしてハンドルに突っ伏す、彼女の横顔がそこにあった。
「出てった…車ん中グルグル回って、T(俺)の側の窓から…後ろにまだ居るけど…」
俺は我慢できず、サイドミラーで後方を見た。

そこには確かに居た。女の青白い無表情の顔が。
数秒それは空中に浮いていたかと思うと、TVの砂嵐に紛れるように暗闇に溶け、無くなった。

「たぶんあいつの縄張りに入ったから追い出しに来たんやろ…かなりヤバいで、あれ。」
彼女が後で教えてくれた。
ちなみにその劇場の裏は墓地らしいけど、怖くてあれから二度と行ってませんし、その彼女と別れてからは一切そういう体験も無くなりましたから、もう俺には見えないんだろうな。


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Part194
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