[夜の会社]

友達の松岡はオタクの会社に勤めていた。
いや、今も勤めているが、これは何年か前に聞いた話だ。
そして具体的に言うと、同人誌即売会の関連書籍を作っているらしい。
即売会は日曜や祝祭日に行われる訳で、
畢竟、連休前や中高生の長期休暇前には仕事が立て込む事になる。
出社時間にもよるのだが、退社時間が日付け変更を大幅に過ぎるなど日常茶飯事で、
その時も夜間一人で作業をしていたそうだ。

松岡がいるフロアは一人ずつの机がパーテーションで区切られている。
大抵の机の上やパソコンまわり、パーテーションの内側には、
何かしらのアニメやゲームのキャラクターグッズが飾られていた。
人のいない隣の部署は真っ暗で、自分の部署も薄暗い。
自分のブースの中、ポチポチとひたすらデータを入力していると、
不意に近くの電話が鳴った。

内線のランプ。
MDプレーヤーのイヤホンを外して、松岡が手を伸ばすとすぐに呼び出し音が止んだ。
(間違い電話か…。まだ人が残ってる所があるんだ。)
松岡はすぐに作業に戻った。
すると、暗がりで電話が鳴り始めた。

隣の部署の電話が鳴っている。近付いてみると、また内線だ。
受話器を取る。さっきのは、ここにかけようとして間違えたのか。

しかし、取った瞬間に電話は切れた。
背後で呼び出し音がする。今度は松岡の部署だ。
戻る、だがまた取る直前で切れる。
松岡は咄嗟に踵を返し、明かりのない方へ走った。
電話が鳴った。
案の定、人のいない部署の方の電話。
ひとつめのコールが鳴り終わらないうちに、松岡は受話器を取った。
「もしもし!?」
「……」
向こうは無言だった。微かに息遣いのようなものが聞こえる。
「誰?悪戯?用があるならこっちに来いよ!」
松岡は苛立って怒鳴った。
〆切が近いのに、こんな夜中にイタ電なんかしてるのはどこのどいつだ。
相手の返事を待たずに受話器を叩き付ける。
内線と言う事は多分社内からだ。
同じ様に残業している誰かが、明かりがついているのに気付いてやっている。
松岡は机に戻ると、怒りをぶつけるようにキーを叩いた。

暫く作業に没頭して、一息吐いた時にちょうど曲が終わった。
次の曲が始まるまでの僅かな無音の間に、誰かの足音が聞こえた気がした。
松岡はドアの方を見た。
音楽を聴いていても、作業に集中していても、ドアの開く音くらいは分かる。
誰か来たなら気付いた筈だ。それなのに。

足音は部屋の中でしていた。
隣の部署の暗がりの中で。

続く