[水漏れ]
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次の朝、寮の友人が部屋に訪ねてきて、開口一番こんな事を言った。

「昨日救急車来てたろ?。俺救急の人が出てくるの見たよ!。首吊りなんだってな。」

突然の話だったので僕は相槌を打つ程度の事しかできなかったのだが、
どうやら友人は詳しい事情を知っているようで、話を続けたくて仕方がないようだった。
友人曰く
・昨日の夜に寮で学生が首を吊った
・同じブロックの人間が見つけて救急車を呼んだが、着いた時には既に死んでから大分時間が立っていた
・深夜だったこともあり、騒然としないよう野次馬は釘を刺された
・学生は暗い性格のようで、自殺してもおかしくはないらしい
・首吊りのあった部屋を御払いしてもらう話が出ている
といった話だった。
ようやく話を飲み込めた僕は、気になった事を友人に聞いてみた。
当然ながら、首吊りがどの部屋で起こったのかという疑問だ。

「305だよ。俺部屋まで見に行ったし。まだ死体もあったよ。」

……その言葉を聞いた瞬間、僕は内心ぞっとした。
昨日偶然にも306号室まで苦情を言いに行った。もしかしたら既にその部屋の隣で人間がぶら下がって
いたかも知れないのだ。そして306号室の住人も気づかずに随分と楽しそうにしていた。
ありふれた日常に、壁板を一枚隔てたところで死が隣接しているギャップに僕は鳥肌が立つのを感じた。

そしてこの話をすぐにこの友人にしてやろうと思った。
ところが、頭の中で話を整理しようとすると、なにやら一つの違和感が生まれてきた。
その違和感を整理していく内に、自分はどうやら大きな勘違いをしていたことに気づいた。
覚めた頭で落ち着いて考えると、寮の中心である3階には他の階とは別に自習室が用意されている。
だから……3階は309号室までしかないんだ。
ということは……3階だけ部屋が一つずつずれ込むから…206号室の上は……305号室だ…。
……そうか自殺があったのは僕の部屋の真上の部屋だったのか……
…ん?それじゃあ、昨日上から垂れてきたのってまさか………

「……おれが見たのはもう降ろした後だったから…でも聞いた話だと廊下側で吊ってたってよ。
廊下を歩いてたら影が見えたんだって。」

それを聞いて僕は全身の力が抜けるようだった。昨日の液体は何だったのか、
自分の中でもう答えは出ていたが、確認する気にはなれなかった。
その後も友人は、部屋がひどい臭いだったとか、床に体液が流れていたとか言っていたが、
僕はもうそれ以上聞きたくはなかった。

もしもあの時、306号室でなく305号室に入っていれば、
もっと早く発見出来たんじゃないだろうか、
そうすれば彼は助かったんじゃないだろうか、
それを思うと僕は未だに少し悪いことをしたなと、思い返す時がある。


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