[置かれた人形]

先日、ケイさんが病院の事情により二、三日ほど名古屋に滞在することになった。
動物嫌いのケイさんは猫がいる俺の部屋ではなく同期の松田の部屋に泊まること
になった。
もちろん俺も遊びに行き、三人で酒を飲んで騒いでいた。そんなとき、何かの拍
子にジジコンな松田の今は亡きお祖父ちゃんの話になった。お祖父ちゃんは松田
に甘かったらしく、誕生日にロゴのセット(当時は割りと高級品)を買ってくれ
たそうだ。
「でもさあ、全部弟に壊されちゃって残ったのはこの人形だけなんだよね」
と、松田は工場の人のような人形を見せて来た。その人形を片手にお祖父ちゃん
の思い出を語る松田を見て、俺はよからぬイタズラを考えてしまった。今思えば
ほんとに最低だったと思うが、普段から奴にからかわれているので仕返しがした
かったのだと思う。
しばらくしてケイさんがトイレに立ち、酔いつぶれて松田が寝てしまったのを見
計らって俺は人形をコッソリ懐に入れた。そして帰ってきたケイさんに松田を押
しつけて部屋を出ると、松田の部屋のドアの前に人形を置いておいた。
俺と松田の部屋は寮の最上階だから誰かが通りかかって拾う心配もなかったし、
単純な松田は「お祖父ちゃんの霊があいにきた」と思うだろうと思って。

そして次の日、職場で会うなり松田は案の定嬉しそうに「お祖父ちゃんが来てく
れた」と言って来た。まんまと引っ掛かったらしい。
あまりに嬉しそうな様子に、途端にものすごく罪悪感が沸いて、何もかも話して
謝りたくなった。が、さらに松田を傷つけてしまうのも怖かったので黙っていた。
イタズラなんかするもんじゃないと心底思った。
それから何事もなく数週間が過ぎたある日、仕事を終えて寮に帰ると松田の部屋
のドアの前に何かが落ちていた。
何気なくそれを見て、俺は背筋が凍り付くのを感じた。

それは、あの人形だった。いや、人形の「足」だった。

頭や胴体は無く、ご丁寧に足の部分だけがちょこんと並べられていた。
もちろん、今度は俺のイタズラなんかじゃない。
「カズ!!!!!カズ!!!!開けろ!!!!」
無性に怖くなった俺はドアを叩いて松田を呼んだ。すると松田はひょっこりと顔
を出し、俺と人形の足を見つけると
「あ!!今日も来てる!!」
と嬉しそうに笑った。

訳がわからなくてどういうことだと問詰める俺に、松田はいつもの調子で言った。
「なんかさ、毎週毎週置いてあるんだよな。先週は右手、その前は胴体だったし。」
一番初めはカンペキな状態で置いてあったんだけどその後また無くなってからはな
あ、と松田は言った。一番初めってのは俺がイタズラしたときのことだ。じゃあ、
その後のは…
俺はほんとに怖くなって、適当に松田を誤魔化して自室に戻ると即座に電話を掛け
た。もちろんあのひとに、全てを話す為に。そしてあわよくば助けてもらいたくて。
「…なんだ。」
相変わらず不機嫌そうな声で電話に出たケイさんに俺は全てを話した。イタズラを
してしまったこと、そしてその「イタズラ」がまだ続いていること。
「やっぱりな」
怒鳴られるかと思ったがケイさんは冷静に、しかしあきれたように言った。
「あの飲み会の日から松田の頭に薄紫のモヤみてぇのが見えてな。そうそうヤバイも
んでもなさそうだから放っといたが、決してイイモンでもねえぞ。」
どうしたらいいですか、との問いに「テメェが撒いた種だろが。別にお前が死ぬわけ
じゃねぇし放っとけ」と答えるとケイさんはさっさと電話を切ってしまった。
実際何ができるわけでもなく、俺は心の中で松田に土下座しながら、松田の無事を
必死に祈った。

それから数日して、たまたま松田と夜勤になった日。
罪悪感からあまり喋ることができなかった俺に、松田が話し掛けてきた。
「人形さ、もう置かれなくなったよ」
笑顔で言う松田に安堵した。良かった、やっぱりなんでも無かったんだ。そう思っ
た。が。

「でもさ、なんでかな」

「 あ た ま だ け 置 か れ て な い ん だ よ ね ? 」

首をかしげる松田に、俺は心底恐怖した。松田自身は「頭は大事な部分だからお祖父
ちゃんが守ってくれてるんだ」などとほざいていたが、その直後にエレベーターの
ドアに頭をぶつけていることからして
どうしてもそうは思えなかった。
しかも松田は今も頭のないその人形で時々仕事中に遊んでいる。その姿が一番怖い。
取りあえず二度とイタズラなんかしないと誓った。


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