[気がつかないのは]

“辿り着けない”従姉がいる。
本当に危ない場所には、行きたくても行かれない体質みたいなものだ。
従姉…亜矢ねえの事で、彼女の弟の智宏が話してくれた事がある。

智宏が高校生の頃、つるんでいた友達が住んでいたマンションがある。
四方を居住区が囲み、中央にパティオがある煙突の様な構造。
エレベーターホールの横のドアから中庭に出られる、
当時としてはなかなか洒落た建物だった。
いわゆるニュータウンの中で、住人は他から来た家族ものばかり。
亜矢ねえの中高時代の同級生も何人かいたそうだ。

春先、夜の十時近くまで友達の家にいた智宏がエレベーターを降りると、
脇のドアの向こうに子供がいた。
ドアは真ん中くらいの高さで区切られて、上が透明なガラス、下が霜付きのガラスで、
街灯に照らされたパティオの中程にある、ハナミズキの木が見える。
その下の茂みの向こうで、小さな頭が行ったり来たりしていた。
ああ、こんな時間なのにまだ遊んでる子供がいるなぁ…。
そんな事をぼんやりと考えていたら、何もない場所で蹴躓いた。
体勢を立て直してもう一度見ると、さっきの子供がドアの間際まで来ていた。
仕切りの上、透明なガラスにぴったりと顔を寄せて、智宏を見て笑っている。
転んだ所を見ていたのだろう。
智宏はバツの悪い思いで膝の汚れを払い、苦笑いした。
そこでふと気がついた。
ドアの上にある蛍光灯に照らされた、青白い子供の顔。
でも、仕切りの下、霜付きガラスには何も映っていないのだ。
映っていない!
そこにあるべき子供の首から下が映り込んでいない。
パティオの床の赤茶色の素焼きタイルと、茂みの緑しか見えない。
子供はべったりとガラスに顔をつけているのに。笑っているのに。

うわっ!と小さく悲鳴を上げて、智宏はエレ−ベータ−ホールから転げ出た。

帰宅して姉にその話をすると、亜矢ねえは首を傾げたと言う。
「…中庭に出るドアなんてあったっけ…?」
ドアは確かにあるそうだ。
後日智宏がそこに住んでいる友人に確認すると、
その中庭はいくつかのパターンの“出る”話があると聞かされた。
中庭だとか鯉のいる池だとか、そんな物が大好きな子供っぽい姉が、
パティオの存在に気がつかない訳がないと智宏は思った。
気がつかないのなら、やっぱりそこには…。


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