[時計回り]
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それは、水色のサテン地にレモン色のフリルのドレスを着た人形だった。
大きさは15センチ位、普通の女児玩具の様だ。
リカとかジェニー?とかみたいな可愛らしいアニメ顔ではなくて、
睫毛の長い濃い顔を、正面よりややこちらへ向けている。俺は拍子抜けした。
何か物凄いモノがあるんじゃないかと思ったのだ。
どれだかの人形の写真を撮りたいと言う従弟を残して、俺は建物を後にした。

建物を出ると坂は右に折れ、先刻上がって来た石段の中程に出る様だ。
俺は木立の中の石畳を道なりに下る。
ああ、これも時計まわりなんだな…とふとさっきの事が頭を過った。
その時になって初めて気がついた。
しゃり、しゃり、しゃり、しゃり……。
立ち止まった俺の斜め後ろで、妙な音がしている。
動物が草を踏み分ける音でもなければ、何かを削る音でもない。
アルミホイルを擦り合わせる音が一番近いか。薄い金属片が触れ合う音に似ていた。
左手の茂みの中から。
しゃり、しゃり、しゃりり、しゃ、しゃ、しゃ、しゃ。
音が速く、近くなる。
それと同時に、頭がくん!と引かれて喉が詰まる感じがした。
ささささささささ…。
音。それに引かれて首が左へ向こうとする。
見てはいけない、音の正体を知りたくない、突然そんな感覚に襲われ、
なのに、頭の中では分かっているのに、顔がそちらを向こうとする。
音がすぐ側まで来ている!顔は真横を向く。俺は目を瞑った。
「…何やってんだ?」
従弟の声だった。
喉が詰まる感じがなくなり、首が自然に元に戻った。
目を開けると、石段の踊り場に当たる部分にヤツがいた。

ヤツは銜えた煙草をペコペコ上下させながら、デジカメをいじっていた。
「境内禁煙だろ。」
「だからまだ火はつけてませんよーだ。」
少しホッとしながら、耳はまだ音の行方を探っていた。少しずつ離れて行く様だ。
「あれ、何の音かなぁ。シャリシャリ言ってるの。」
俺に言われて従弟は暫く耳を澄ませていたが、
「下の道路で何かやってる音じゃないの?電線の工事してたよ。」
そう言って、さして興味もなさそうに先に下りて行ってしまった。
俺もヤツの後をついて行くと、鳥居の正面の商店がシャッターを下ろす処だった。
勿論シャッターの音はシャリシャリとは言っていない。

従弟は鳥居を潜るとすぐに煙草に火をつけ、不意に俺に煙を吹き掛けた。
俺が怒ると、狐にでも化かされたんじゃないかと思って、などとぬかした。
そんな事一切信じていない癖に、明らかにからかっている。
「一番奥にあった雛壇気にしてたみたいだけど、あれ、人形供養をする場所だってさ。」
来た道を土産物店の並ぶ通りへ戻りながら、従弟は半笑いでそう言った。
「あそこの人に写真いいかって聞いたら、奥のが写るとちょっと困るって言うから。
訊いてみたら毎朝あの畳の上で宮司さんがこう、
タカマノハラニカムズマリマス…かな、祝詞をあげるそうだよ。
ナオさんはそんなのが好きだねぇ。行ったり来たりして見てたろ、まったく。」
言い終えて、それから少し考えて、ヤツは何か思い出した顔をした。
「そういえば、変な人形があったね。」
俺はヒヤリとした。
「水色の服の…」
「ああ、完全に横向いちゃって、近くで顔が見られないの。正面向けとけばいいのに。」
また俺を怖がらせようとして、と思ったがそんな事はなかった。
ヤツは俺の反応を窺うでもなく、夕日で橙に染まる町並みにカメラを向けていた。


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