[お経が聞こえる]

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こいつのことだから、俺たちを怖がらせようと演出で言っているのだと思った。
しかし、K太の顔は真剣そのものだ。俺とI子は首を傾げながら黙って周りの音に集中してみた。

滝の音しか聞こえない・・・いや・・・滝の音に混じって何か、低い音が・・・確かに聞こえる。


『これ・・・お経?』I子が口パクで俺に確認を求めてきた。


確かに、お経だ。しかも何人もの声が重なっているように聞こえる。ゾクリ、と背中から体中が寒くなった。
K太は蚊の鳴くような小さな声で『そういえば俺、聞いたことあるかも・・・』とぽつり。

『S滝の近くに、妙な宗教団体が最近居座ってるって・・・マジだったのかな』

おいおい、そりゃ幽霊なんかより洒落にならんって・・・。
するとI子が『なんか・・・私気分悪くなってきた・・・引き返そ?ね?』と、これまた小さな声で言ってきた。
見ると顔は真っ青で、若干震えているようだった。
K太と目を合わせお互い小さく頷いて、俺たちは引き返すことにした。
帰り道、I子の様子がどこかおかしいのに気づいた。
妙に早足なのだ。
気分が悪いと言っていた割には、競歩でもしているかのように、スタスタと歩いている。
俺らが置いて行かれそうだ。
『おい、I子・・・?』俺が話しかけると同時に、I子は凄い勢いで走り出した!
俺とK太は訳がわからず、I子を必死で追いかけた。
I子は物凄く速かった。男の俺たちがなかなか追いつけなかったのだ。

林の出口でやっと俺たちが追いついたとき、I子はヘナヘナと崩れ落ち、今度は大声で泣き出した。
俺たちはいよいよ訳がわからなくなり、ただI子の周りでオロオロするしかなかった。
I子はひとしきり泣いた後、やっと落ち着きを取り戻して、ぽつりぽつり話し始めた。


『さっきのお地蔵さんのところで、お経が聞こえてきたときにね、林の中に何となく目をやったら・・・。
 白っぽい服を着た人が、私たちを取り囲んでたの・・・一人や二人じゃないよ?
 二十人は軽くいたと思う・・・。』

『マジかよ・・・』

俺とK太は言葉を失った。もう肝試しどころじゃない。早く帰ろう。
俺たちが立ち上がろうとしたとき・・・


俺たちがさっき歩いてきた道から、
今度ははっきりと何十人ものお経の声とザッザッとこちらに向かってくる足音が聞こえてきた。


俺たちは各々声にならない悲鳴をあげながら死に物狂いでその場から逃げ延びた。
俺にとっては今まで生きてきた中で一番怖い思い出。
あれが怪しい宗教の人間だったのか、自殺した幽霊の集団だったのかはわからない。知りたくもない。
例え昼間でももう二度とあそこには近づきたくない。


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