[輪廻]
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そっと目を開けると、血まみれの顔が私の鼻先にあった。
女の顔。それがだんだん男の顔に変わっていく。ぱっくりと割れた額に、小さな髷が見える。誰だ、おまえは・・・・。
得たいの知れない霊とのにらみ合いは、しばらく続いた。私は、知っているお経を
すべて唱え、消えてくれることを祈った。しかし、どんなにあがいても金縛りは解けない。
どれほどの時間が経ったろう。
怖さを通り越し、私の中に成仏できない霊に対する哀れみの気持ちが広がった。すると、
男の生首は、苦しそうに『ウ〜・・』とうめきながら、スーッとかき消えていった。
突如、部屋の電気がついて、私はうしろに引き倒された。腰が抜けたのか、足に力が
はいらない。また電気が消えたら・・・という恐怖がこみ上げる。
私はなんとかドアのノブに手をかけた。開いた・・・。
やっとの思いでマンションから出た私は、何度も吐きながら自宅へ戻った。
冷静さをとり戻すと、いくつかの疑問が頭に浮かんだ。
殺された女の霊が出たことは納得できる。しかし、髷を結った男は誰なんだ?
霊が呟いた『良介』という名まえも気になる。
私は翌日、予定通り、間田英雄の母親の出身地、青森県の苫和地村を訪ねた。
この地は津軽藩の統治時代に、すさまじい大飢饉(農作物の凶作による飢餓)があった。
飢えに苦しみ抜いた人々は、隣の子どもと自分の子どもを取り替えて殺し、
煮て食べたという。
私はこの村の元庄屋で、史実にくわしいO氏(七十六歳)を訪ねた。
東京で起きた忌まわしい殺人事件を告げると「やっぱり・・」と深いため息をもらし、
重い口を開いた。
続く