[衝突する音]

俺が郁と鞄の話をしている間、部屋で寝ていた智宏には姉がいる。
姉弟は少々どんくさい。良く言えばおっとりしている。
二人とも道を歩けば段差でこけ、看板にぶつかる。
だから3、4年前に、智宏と二人で平日の秋葉原に行った時も、
ヤツはあっちに引っ掛かりこっちに引っ掛かりしていた。
今はどうか知らないが、当時は歩道に看板やらポップやらが満載だった。
この街に不案内な俺は智宏の後に付いて歩いていたのだが、
ふと、ゲームのデモに気を取られて横を向いた。
その瞬間。
「どすん!」とえらく盛大な衝突音がした。
次いで智宏の声で「ごめんなさい!」と聞こえたので、俺は前を見た。
智宏は誰もいない空間に、ペコペコと頭を下げていた。
半端な時間帯だったから人は多くない。看板はヤツが向いている側にはない。
「トモ?何してんだ?」
「この人に…」
智宏は顔を上げて、初めてそこに人がいない事に気付いた様だった。
正面から来た背の高い男にぶつかったと言う。
顔を上げるまで、汚れた赤いスニーカーとくたびれたジーンズが見えていたそうだ。
周囲にそれらしい服装の人物はいない。見間違う物もない。
でも。
俺は確かに、その音を聞いた。


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