[おまえが]
小学校に入る前くらいの頃の話。 
毎年、正月は祖父母の家で過ごす。 
遠方の親戚やらなにやらが一堂に会するのだが、大人同士の世間話は子供には退屈この上ない。 
なので、兄弟・同年代のいとこのいない俺は、むやみにデカく古めかしい祖父母の家を探検するのが恒例になっていた。 
その時まで誰にも話した事はなかったが、探検の最中、階段の踊り場に少年の姿が見える事があった。 
階段の側を通り過ぎようとすると、視界の隅に彼は立っている。しかし振り向くと誰もいない。 
幼かった俺は、特に恐怖を感じる事もなく、『なにかそういう自然現象なのだ』という認識で気にならないでいた。 
だがその年、ふとした好奇心から、視界の隅に少年を捉え、振り向かないでみた。 
少年は消えない。 
声をかけてみた。 
「だれ?」 
少年の声は低く、かすれ声だった。 
「おまえが」 
流石に怖くなった俺は、家族や親類のもとへ戻った。 
なぜか、この出来事を話す気にはならなかった。 
今年、この話を親類の前で話した。 
彼等は顔を見合わせた後、叔母が、泣きそうな顔でぽつぽつと語った。 
昔この家に住んでいた事。 
その時に出来た長男を流産してしまった事。 
「おまえが」の意味は解らない。 
俺だけに見えた理由も解らない。 
ただ、少年に声をかけた翌年から、彼は見えなくなった。