[着信七百回の男]
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警察に行くと、爽やかな男がニコニコして待っていた。
男は20代後半って感じだ。
男「いや、ありがとう。助かったよ。ホントありがとう」
それから、警察のおっさんと、その男と、Aと俺でしばらく、ありがとう、いえいえ、みたいな会話をした。
男「君たち、お腹はすいてないかい。なんか食べようよ。
 いい店があるよ。僕が美味いと思うお勧めの店だよ」
と誘われた。男とAと俺で飯を食いに行く事になった。
アメリカンな店だった。ステーキだ。
男は明るくて良く話す人だった。
自分は広告代理店で働いていて、この店の店長とも知り合いで、店長は他にも店を持っていて
店の広告とかは自分が作ってとエラい勢いで話してくれた。
メニューを選ぶ時、俺とAがどれにしようかな、和風ソースが良いかな、と迷っていると
男「おい、なににする、君たち、これが良いぞ、これが
 焼き方はどうする。ここはレアが良いぞ。
 これにしろ、これがでかくて食いごたえがあるんだ
 あの〜すみません。オーダー良いですか」
みたいな感じでパワフルだった。
そんな風に食って話してって感じだった。
あと男は無性に褒め上手だった。俺とAのことを
「良いね〜良いね〜」と何度も言った。

男「そうだ、君たちの携帯の電話番号を教えてくれないかな
 これを機会に、友達になろうよ」
あ、良いっすよと俺が言おうとすると
それを遮ってAが「いや、良いっすよ。そんな。良いっすよ。ほんと」と
携帯の番号を教えるのを嫌がった。
そう言えば、Aはいつもより無口だった気がする。
男が一方的に話して、こっちは相づちを打つだけだったから
気にならなかったが。
Aはしつこく断わり、男は一瞬むっとしたように見えたが
すぐに笑顔になった。
男「君たちも色々あるだろうから、慎重になるんだろうね
 良いよ良いよ、気にしないで。じゃ、そろそろ行こう」
と男は立ち上がった。
え?ちょっと俺、食いかけなんですけど、まだ肉が。。。とほほ。
男は既に食べ終わっているようだった。
良く分からないが、男は急にそそくさした感じになった。
俺とAはごちそうさまでした。ありがとうございました。
と礼を言った。
男「良いって。美味かっただろ。この店また来いよ。
 そうすりゃ会えるかもな」
それで別れた。

俺「おいA、どうしたんだ。腹の調子でも悪いのかよ(笑)」
A「いや、ちょっと気になってな」
俺「なんだよ〜」
それからAは自分の考えを話してくれた。
A「多分、あの男は携帯の持ち主じゃねえぞ
 だいたいあんなに、しつこく何度も電話するなんて普通じゃない
 多分なんだが、あいつは自己愛性人格障害だ」

Aの話をかいつまんで説明すると、自己愛性人格障害の根拠として、
自分の話(自慢話)ばかりした事
俺たちを根拠もなくやたらと褒めていた事
俺たちの食べるペースを全然考えていなかった事
むしょうに馴れ馴れしかった事
一見親切そうに見えたが、自分のやりたい事に俺たちを巻き込んでいた事
俺たちの携帯番号を聞こうとした自分の願いに答えなかった時むっとした事
その直後に、自分の立場を取り繕うようなことを言った事。

A「自分が気前良くお礼をする好青年だと酔っているように見える。
 お礼にステーキをおごってくれると言う行動そのものは親切そうだが
 メニューを勝手に決めてしまう。
 こちらが食べているにもかかわらず、話しかけてくる。
 やたらと褒めていたが、それは俺たちを操作しようとしていたからじゃないか。
 いきなり携帯の電話番号を聞いてくる不自然さ。
 こっちが食べ終わってないことを気にしていない。
 そもそも、店に俺たちを連れて行くそのやり方が有無を言わせず
 親切そうだが、自己中心的だ」
俺は「確かにそうかもしれん」と頷いた。
A「あの携帯の持ち主だけど、
 多分、あの男につきまとわれてるんだろうな。
 一晩で7百回も電話するなんて、どう考えてもおかしいだろ」

俺は、もし、電話番号を教えていたらと思うとゾッとした。


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