[理由]

叔父さん家で従弟に、公園であった事を話したら鼻で笑われた。
こいつはそういうのを全く信用していないので、仕方ないっちゃ仕方ない。
でも、何か思い出したらしくて、「子供と言えば、」とちょっと考える顔をした。
「ナオさん(俺)の好きそうな話あるよ。」

数年前にいわゆるデキ婚をした女性がいる。
あまり治安のよろしくない街に住む彼女は、その時授かった息子と並んで眠る時、
防犯用と称して枕元にバットを置いているそうだ。
旦那の帰りはいつも遅い。

息子が言葉を話す様になったばかりの頃、彼女はふとある事を思い出した。
この位の時期に聞いてみると、生まれる前の記憶を話し始める子供がいると言う。
ものは試し、息子に訊ねてみると、彼はぽつりぽつりと語った。

「いつもお父さんとお母さんが喧嘩していて、嫌だった。」

彼女には思い当たる節があった。
当時、仕事が軌道に乗りかけていた彼女は結婚したくなかった。
まして子供なんて生まれたら、当分仕事に戻れない。
その事で随分言い争いをした。
乗り気な恋人や家族の手前、勝手に堕胎は出来ない。
事故なら、流産なら…。
無茶な飲酒や喫煙、体をわざと冷やしたり、やたらと全力疾走したりしてみた。
しかし、お腹の子はきちんと育ち、生まれた。
結局仕事も辞めた。
生まれてからは情も生まれ、今は大事に育てている。
でも、この子は生まれる前に、母親に疎まれていた事を知っているのかもしれない…。

ある晩ふと目を醒ますと、隣で寝ている筈の息子がいない。
部屋を見回すと、彼女の枕元にぼんやりと立っている。
「どうしたの?」と訊ねて良く見ると、息子の手にはしっかりとバットが握られている。

従弟がバイト先の先輩の女性からその話を聞いた時は、
寝惚けた息子が防犯用のバットを持っていて、
「殺られると思った。」のでなだめすかしてそれを取り上げた…と言う、
笑い話なのか何なのか良く解らない話だったそうだ。
後日別の同僚女性から、彼女の結婚の経緯や、子供が話した事を教えられたと言う。

「本人に聞いた時は、殺られるなんて大袈裟だと思ったんだけどね。」

…それだけの理由がある。


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