[上司との一夜]
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それからどれくらいの時間が経ったかわからないけど、案の定怖くて眠れない。
さっきの顔が頭に焼きついて離れないんだよね。
あんな顔の上司は今までに見たことがなかった、マジで。
まるで別の誰かが笑いながら死んでる感じだった。今も隣でさっきの顔になってたら
どうしようとか、突然笑い声が聞こえてきたらどうしようとか
そんなことばかり考えちゃって。なんか怖いときって自分で勝手に想像して
どんどん深みにはまちゃうけど、もうまさにそれ。
おまけにトイレ行きたくなるし。さっき行ったよね俺。
しょうがないんでまんじりともせず頭からシーツにくるまって目をつぶってたんだけど、
今度はミシミシと部屋を歩く足音が聞こえてきた。向こう側からこちらへゆっくりと
歩いてきている感じ。明らかに重量を感じさせる床のきしむ音。
おかしい。誰かが入ってきたのなら絶対に気づくはず。っていうかドアはオートロック
で外から入れるはずがない。でも部屋は静かではっきりとわかる何者かの足音。
一瞬上司かもと思ったが起き上がるときにシーツの音がするはずだ。
強盗だったらやばいけど目を開けることができない。幽霊だったらもっとやばいし。
さらに足音は近づいてくる、かと思えば急に立ち止まる。これがまた怖かった。
だって止まってる間、そいつは一体何をしているのだろう?
その後も足音は時々立ち止まったり、急に足早になったりとベッドの周りを
不規則に動き回っているようだった。部屋をのそのそと歩く黒い人影を想像して
かなりやばかった。震えが止まらない。
そうこうしているうちに、ついにその足音は自分の近くまで接近してきた。
うわぁやられる!と身を固くした途端「おい」という声とともに肩をつかまれた。
そのときひょっとしたら怖さのあまり悲鳴をあげたかもしれない。
正直に言うとあげた。だって怖かったし。
「大丈夫か?」
声の主は上司だった。
どこからが幽霊(?)でどこまでが上司の足音だったのか。
俺は今までの経緯を自分が感じたままに上司に話した。しかし上司は、
「どうせ夢でも見たんだろ」とか「俺の病気が移ったか?」などと笑いながら
ちゃかして真剣に取りあってはくれなかった。
「ちょっと寝れそうにないんで、起きてていいですか?」
俺は上司にそう言って部屋の電気をつけた。全部。だって怖かったし。
上司は煙草吸ってた。俺はただ起きてるのも暇だったので、鞄からノーパソ引っ張り
出してきてソリティアとかやってた。
しばらくしてふと思い立ち、会社支給のエアエッジを差し込んでネットにつなぎ、
ここのホテルのHPを探してみた。
ほどなくそれは見つかった。んで色々見ているうちにお客様掲示板的なところに、
削除された投稿を数件見つけた。削除理由は書いていない。
なんとなくだけど、ほらやっぱりな、って思った。
「上司さん、これ…」
って振り返ったら上司はもう寝ているようだった。
良く見るとうなされているようだったが、あえて無視した。だって怖かったし。