[メモと子供]
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風呂場は風呂場でまたひどかった。多分カビのせいだろうけどきな臭い匂いと
むせ返るような息苦しさがあった。
こりゃ長居はできんなと思ってメモを見ると、風呂場は一通り計測されてて安心した。
ただその下に、
 ・風呂場やばい
って書いてあった。普段なら「なにそれ(笑)」ってな感じだったんだろうけど、
その時の俺は明らかに動揺していた。
メモの筆跡が書き始めの頃と比べてどんどんひどくなってきてたから。
震えるように波打っちゃってて、もうすでにほとんど読めない。
えーっと前任者はなんで会社に来なくなったんだっけ?病欠だったっけ?
必死に思い出そうとしてふと周りを見ると、閉めた記憶もないのに風呂場の扉が
閉まってるし、扉のすりガラスのところに人影が立ってるのが見えた。

さっきの子供だろうか?
色々考えてたら、そのうちすりガラスの人影がものすごい勢いで動き始めた。
なんていうか踊り狂ってる感じ?頭を上下左右に振ったり手足をバタバタさせたり
くねくね動いたり。でも床を踏みしめる音は一切なし。めちゃ静か。
人影だけがすごい勢いでうごめいてる。

もう足がすくんでうまく歩けないんだよね。手がぶるぶる震えるの。
だって尋常じゃないんだから、その動きが。人間の動きじゃない。

とは言えこのままここでじっとしてる訳にもいかない、かといって扉を開ける
勇気もなかったので、そこにあった小さな窓から逃げようとじっと窓を見てた。
レバーを引くと手前に傾く感じで開く窓だったので、開放部分が狭く、
はたして大人の体が通るかどうか。
しばらく悩んでたんだけど、ひょっとしてと思ってメモを見てみた。
なんか対策が書いてあるかもと期待してたんだけど、やっぱりほとんど読めないし、
かろうじて読めた1行が、

・顔がない

だった。誰の?
そのときその窓にうっすらと子供の姿が映った。気がした。多分真後ろに立ってる。
いつの間に入ったんだよ。
相変わらずなんの音も立てないんだな、この子は。
もう逃げられない。意を決して俺は後ろを振り返る。
そこには…、なぜか誰もいなかった。

会社に帰った後に気づいたんだけど、そのメモの日付が3年前だった。
この物件を俺に振ってきた上司にそのことを言うと、
「あれおかしいな、もう終わったやつだよこれ」
って言ってそのまま向こうへ行こうとしたんで、すぐに腕をつかんで詳細を聞いた。

なんでも顔がぐしゃぐしゃに潰れた子供の霊が出るというヘビーな物件で、
当時の担当者がそのことを提出資料に書いたもんだからクライアントが
「そんな資料はいらん」と言ってつき返してきたといういわくつきの物件だそうだ。
清書された書類を見ると確かに「顔がない」とか「風呂場やばい」とか書いてあったw

まぁこういった幽霊物件は時々あるらしく、出ることがわかった場合は
備考欄にさりげなくそのことを書くのが通例になってるそうだ。
他の幽霊物件の書類も見せてもらったが、なるほどきちんと明記してあった。

なんで今頃こんなものが出てきたんでしょうかね?と上司に聞いたら、
「んー、まだ取り憑かれてるんじゃないかな。当時の担当者って俺だし」


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