[姪と人形]
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夏休みである筈なのに、この神社には大抵、子供は遊んでない 
神社の横を通り、さらにその奥、裏手の森に入っていく。 
井戸はその中にひっそりとあった 
屋根も、釣瓶も桶もない、正に神だけの井戸と言う感じだった。 
井戸そのものは、コンクリでも煉瓦でもない、自然石を組み上げたもの 
ある程度の時間は経っているだろう、まわりには苔が生えていた 
周りは畳6畳ほど開けていて、地面には丸い石が敷き詰められている。 
オレはそっと近付いていき、中を覗いてみる 
ほんの4、5メートル先で光は届かない 
昼間だというのに、森の中は薄暗い 
懐中電灯で中を照らしてみる 
ずっと下に、あれは水面か、灯りに照らされ反射している 
ここで下から、髪を振り乱した女が壁をよじ登ってきたらオレは泡吹いて気を失うだろう 
と、どこかの映画のワンシーンを思い浮かべた 
その辺りに落ちている石を拾ってみる、頭上に差し上げ真下に落とす、高さ約2m、下に落ちるまで約20フレーム 
その石を今度は井戸の中に落としてみる 
一、二、三…と数えて約12、3mか、中に入る気はサラサラ無いが 
しかしポチャンと音がした、水はある。 
井戸の中を覗いている内に、何だか鼻の奥がツンとなった 
いわゆるスポットめぐり、をしている時に、たまに起こるオレの習慣、たぶん感傷だったろう 
この神社がオレの想像通り、その時建てられたのなら、何の為にこの井戸が掘られたのか 
あの時、無事治癒し、何とか命を拾った者も、結果的には村から追われたそうた゛ 
わずかばかりの食料を与えられ、山の奥に追われたそうだ、つまりは死ね、ということだ 
痘痕がのこり、失明する者もいた、醜い姿になった彼らは、再び村に災厄を呼ぶと言ってね 
抗体をもち、再び痘瘡に罹ることはない彼らを。 
だが、天然痘は完全に世界から駆逐され、文明と技術の恩恵に溺れているオレ達には、彼らの無知を笑う権利はない 
帰る時に改めて気がついた、オレが来た左側とは反対に、左側にも誰かが歩いた跡がある 
誰が最近この井戸を覗いたのか 
528 :本当にあっ
その村の歴史 
いま、自分達が住んでいる街、100年、わずか百年前はどうだったのか 
少し調べてみるといい 
先を急いでいる人がいるし、オレも少し疲れた 
やはりあの時の事、思い起こすのは少しシンドイ 
結果的に言うならば 
姉は死んだ、そして姪も 
はっきり言って、あの家族は崩壊した 
残ったのは、甥と彼の弟だけである