[乱心]
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「ケ、イさん…?」
ケイさんがいた。目茶苦茶になった霊安室のド真ん中に、凄まじい形相で。左腕が真っ赤で、ありえない方向に曲がってプラプラしていた。明らかに折れている。
「何してんスか!!!」
俺は慌ててケイさんに縋り付くが、ケイさんは折れた左手を気にする様子もなく、意味不明なうめき声をあげながら手当たり次第あるものを壁にぶつけていく。
「あ゙ぁああぁっ!!」
「ケイさん!!ケイさん!!」
こわかった。今まで見たことがないケイさんがいた。どちらかといえばクールで、愛想もなくて無表情なケイさんが、
真っ青になりながら玉のような汗をかいてうめきながら物をぶつけている。今までのどんな怪奇現象より怖かった。
俺はとうとうケイさんが狂ったと思い、無我夢中で縋り付いた。多分、俺は泣いていた。しばらくして騒ぎを聞き付けた他のスタッフやドクターがケイさんを押さえつけ、俺をケイさんから引きはがした。
霊安室は目茶苦茶に荒れていて、ベッドに寝ていた仏さんの安らかな死顔が逆に不自然だった。ドクターとスタッフに抱えられてフラフラ歩くケイさんが、何かを呟いた。俺はそれを聞きながら処置室に運ばれ、その日は早退させられた。
次の日から、俺は普通に出勤したが、ケイさんは謹慎処分になった。クビにならないのが不思議なくらいだが、看護・介護業界の人手不足を思えば仕方ないのかもしれない。
ケイさんが暴れた原因は「過労によるノイローゼ」だとか「酒の飲み過ぎによる幻覚」だとかでうやむやにされたけど、
俺は違うと思ってた。いや、知っていた。だって、聞いていたから。去り際、ケイさんが呟いた、
「またきた。あのおんなが、みんなつれていく。」って言葉を。
そんなこんなでケイさんは、10月まで休職になった。…いや、なっていた。だけど結局、ケイさんは今日でみずから仕事をやめてしまった。
俺はケイさんなら、たとえクビになっても出勤してくるだろう、酒片手に職場に乱入するくらいはするだろう、そのくらい朝飯前だろう、そう思っていたし、
実際あのあと何回か電話したときも、「ちゃんと帰るよ」って言っていたのに。すごくショックだった。実際今もテンパってるし、文章もいつも以上に目茶苦茶だと思う。
あの女の人についても、残念ながらオチはない。ケイさんは話そうとしなかったし、俺のそばからいなくなってしまったから。
まあ、ケイさんとはいろいろとあったし、まだ社員旅行のときの話も踏切の話もあるから、また投下するかもしれない。
一生会えないわけじゃないし、また何かあったら是非、投下させてほしいと思う。
でも、とりあえず。
俺の怪奇は、今日で終わった。