[暗示ゲーム]

この話よくあちこちで得意げに話してたから、自分が誰か分かってしまった友人知人様方は笑って見逃して下さい。

まだ自分が、BLとか知らない純粋な中学生だった頃の話。

剣道部だった自分が放課後いつも通り部の活動場所である武道場に行くと、
顧問の先生とか部長がまだ来てないのをいい事に、部員達があちこちでじゃれあったりおしゃべりしたりして遊んでいる。
それはいつもの事だから何もおかしくはないんだけど、その中に何故か二人一組で向き合って、何やらきゃーきゃー騒いでるのが数組いた。
よく見ると、それに参加してない他の部員達も遠巻きに、でも興味深げにその数組を眺めているらしかった。

確か稽古が始まるまで道場の電気はつけないとか決まりがあったんだと思う。
普通教室よりもう少し広い道場は、大きな窓があるとはいえ自然光だけに頼った状態ではちょっと薄暗かった。
いつもはそんな事気にならないのに、その日は何か嫌な感じがした…って程でもなかったんだけど。とにかくいつもと何かが違う気がした。
とっさに入り口で立ち止まり、よく分からない違和感に戸惑っていると、
謎の二人組の一組の片割れがわりと仲の良かったYで、Yは自分を見付けていつも通りの笑顔で寄ってきた。

「O(自分)もやってみる?超怖いよ!」
ちょっと興奮気味なY。何をしているのか聞いてみると、今していた遊びを楽しそうに説明してくれた。

『まず二人一組になって向き合う。仮に二人をAとBとする。
AはBに向けて両手を差し出し、Bは差し出されたAの左右の手首それぞれに、
糸だか紐だかを結ぶつもりでその動作をする。
結び終わったら、Aは「きをつけ」の状態に手を戻して力を抜く。
それからBは、胸の前で自分の両手をグルグルする。
「♪いーとーまきまき」って歌いながらやるアレみたく。
そうすると、Aの手首に巻かれた見えない紐が巻き取られるように、
勝手に Aの両手が前へ持ち上がっていく。』

「本当に上がるんだよ!」
一通り聞いた自分は勿論信じなかったが、疑いの眼差しを向ける自分にムッとしたようにYは言うと、そこで見てろと早速実演し始めた。

巻き取り役の部員が手をくるくるまわすと、糸を結ばれた(ことになっている)Yの手がゆるゆると持ち上がる。
「ほらね!」とYは騒ぐが、どう考えてもYが自ら腕を動かしているようにしか見えない。

「自分で上げてるんじゃないの?」と聞いても、
「違うよ、勝手に持ち上がるの、これは霊が動かしてるんだよ」と言い張るY。

ようはコックリさんみたいなものか。怖がりの怖い物好きであった自分は、何かで読んだコックリさんの正体を思い出し
目の前の遊びと照らし合わせて、密かに納得した。霊が動かすと信じて、無意識に自分で腕を動かしているのだ。
思い込みの激しい、暗示にかかりやすいお年頃ならではの遊び。

そんなことを考えていると、Yが持ち上がって腕をゆっくり降ろしながら
「Oもやろうよ」と誘ってきた。何故すぐに腕を降ろさないのかと思ったら、

『遊びを終えるにはBが最初にしたのと反対方向に手を回して
巻き取った糸を緩め、Aの手を元の位置まで降ろさなくてはならない。
いつまでも巻き取り続けると、持ち上がっていく腕は最終的にA本人の首を絞めてしまう』

のだそうだ。幼稚なようだが、ちょっと気味の悪いルールである。

終了の儀式を終えたYが、改めて自分にまとわりつく。Oもやってみようよ、面白いよと。
今も昔も零感である自分は、霊の存在に興味はあったが半信半疑で、ありえないとは思いつつ、本当に腕が動いたら怖いので遠慮した。

見渡すと、この不思議な遊びはすっかり道場内に浸透したらしく、向かいあって騒いでいる部員がさっきよりも増えている。
みんなして、単純にも程がある。

「ねぇ、Oもやろうってば!」
なおもYが誘う。やめとくよと離れても、腕に抱きついてついてくる。あんまりしつこいのでイラっときた自分は、
「いいってば!」と強くYの手を振り払った。よろけてやっと離れたYをトドメに睨みつけたが、びびったのは自分の方だった。

Yの目の下が紫になっている。寝不足でできるクマみたいな、黒っぽい紫色だ。
さっきまでそんなクマはなかった。驚いて固まっている自分にYがさらに迫る。「一回だけだから!」とか言いながら。

Yは、こんなにしつこいヤツだっただろうか。華奢で可愛らしく、どちらかと言えば気が弱くて優しいタイプなのに。
普段なら自分がここまで嫌がる前に、とっくに引き下がっている筈だ。

普段通りの可愛らしい笑顔だが、明らかにいつもと何かが違う事をそのクマが示している。
誰かに助けを求めようにも、みんなこの妙な遊びで盛り上がっていて、誰一人自分達のやり取り等気にしていない。
何かおかしい。いよいよ怖くなって、自分は武道場を飛び出した。

Yは追ってこなかった。ほっとしたのも束の間、それで結局今のはなんなんだと考えると怖くて道場にも戻れない。
中庭の端に建つ武道館の脇で、中に戻ろうかどうしようか右往左往していると、声をかけられた。同じ剣道部員のTだった。

続く