[腕章の少年]
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私は振り返ると全力で大東の坂道を駆け上りました。

この坂道は全長40メートルほどの急な坂道で腕章と目が合った位置から坂を上りきるまで20mほどありました。
その20mほどを全力で走っている間、
後ろから「サバンッ サバンッ サバンッ」という音が聞こえてきます。
それはどうやら腕章の連れている犬?(今思うとそれが犬だったのかどうか定かではありません。)
が吼えている鳴き声のようでした。その証拠に音は幾つも重なって発せられ、徐々に近づいてくるのがわかります。
私は当時陸上部に所属し、学年でも3本の指に入るくらいの俊足だったのですが、「サバンッ」の音は近づいてくるばかりです。
冷汗まみれで半泣きになりながら急な坂道をとにかく全力で走りました。
わずか20mほどの坂道がとても長く感じられました。

そして、「サバンッ」の音が本当に間近、つい足元から聞こえてくるくらいのところで、
なんとか坂を登りきったのです。

大東の坂道を登りきったすぐ横には小さな商店があって、私は半泣きになりながらそこへ駆け込みました。

その店にはいつも寝ている、役立たずの番犬がいました。しかし私が店に入った瞬間「キャンキャンキャン」と激しく吼えまくっていたのが鮮明に聞こえてきました。

店主のおばちゃんは僕の様子を見ると、「会ってもうたんやな…」とため息混じりにつぶやくとこう続けました。
「もう大丈夫や“あれ”は動物見るとしばらく来えへんから。兄ちゃん運動やってるやろ?
 あぁ…やっぱり、運動やってる子はよく狙われるんや。まあ安心し。
一度会ったら明日以降はもう大丈夫やから。
ただ今夜だけは気をつけて。
部屋の窓は絶対閉めとくんやで。もしなんかペットを飼ってるんなら今夜だけ外に出しときや。
あれは動物がおると何もしてこうへんから。それと帰るんなら今の内うちやで。さ、はよし。」
こういうと私を外に連れ出し坂道の下まで一緒に来てくれました。
そして、「なるべく急いで帰りよ。」と付け加えると帰っていきました。

私はまた半泣きになりながら大急ぎで家に帰りました。
そして親が止めるのも聞かず普段座敷犬として飼っている犬のトシヒコを家の外につないでおきました。

そしてその晩。

私は部屋の戸締りをいつもより厳重にと雨戸を閉めている時です。
すぐ近くで近所で例の「サヴァンッ」の声が聞こえたのです。そしてトシヒコが必死に吼えている鳴き声も聞こえました。
その夜はほとんど寝付けず夜通し電気はつけっぱなしでした。

以上が腕章の少年にまつわる私の体験した話です。


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