[真上のカラス]
前頁

2日後にヘルメットと作業着のオッサンが2人ウチにやってきた。事情を話すと「巣でもあるんでしょうかね」って言って
若い方のオッサンがベランダにロープと脚立出して、俺ともう一人が見守る中手際よく屋根に上って行ったのね。
上ってすぐだったと思う。その若い方が嫌な顔して戻ってきてこう言うんだ。
「骨がある。良く分からないけど、多分人間の」って。俺ももう一人のベテランの方のオッサンも「ハァ?」って感じで、
今度ベテランの方が代わりに上ったのよ。そしたらやっぱりすぐ戻ってきて、
「ありゃ子供の骨だわ、スイマセンちょっと会社に連絡します」って。
俺は最初、2人して俺が学生だからおちょくってるのか?とか思ってたんだけど、オッサンらの姿を見るとどう見てもマジなの。
で、結局不動産屋が来て、警察も来て、オッサンと俺とあれこれ聞かれて、俺はそのまま言われるままに警察署まで行った。
警察が言うには、詳しいことは鑑定してからだがおそらく嬰児の白骨死体だと。
死後かなり時間が経ってるはずだから、最近引っ越してきたばかりの君を疑うつもりはないが一応いろいろ聞かせてほしい、と。
そこまで聞いて、やっと自分の住んでた部屋の真上に人間の死体があったってことを脳が理解できた。吐き気がしたよ。
結局その日、そのまま夜まで拘束されて、フラフラになって友達の家に泊めてもらった。
警察からの帰り際、警官はもう全員俺の家から引き上げたって聞いてたが、もちろん家に帰るなんて気持ち悪くて出来なかった。
次の日、朝一番で不動産屋に行って即時解約を申し込んだ。
契約では2ヶ月前に解約通知しないとダメってなってたけど、事情が事情だけに向こうも何も言わなかった。
敷金や手数料や当月の家賃など一切の金を返却することも了承させた。今回の引越し代と次の引越し代も負担してもらえる事になった。
ただ不動産屋が言うには、騙して契約させたわけじゃないことだけは分かって欲しいとのことだった。
自分達もまさかそんな物が屋根の上にあるとは思わなかったし、
鳥が多いのも把握してはいたけど、近くに食肉処理場があるから特に不自然には思わなかったとのこと。
まあ俺は、金銭面で全面的に主張が通ったのでそれ以上何かを言うつもりは無かった。もちろんいい気分ではなかったけどね。

そんで早速家を出ることになって、当然そんなにすぐに新しい部屋の都合がつかないから、当面友達の家に居候することになった。
小さな荷物だけはそこに持っていって、大きい荷物はレンタル倉庫に預けることにした。
幸い何個かのダンボールは荷解きせずにそのままだったし、他のものも結構すぐ片付いたから、
解約申し込んだ3日後には部屋の荷物を全部運び出し終えてた。
で、部屋がカラになったから段取りどおり不動産屋を呼んで部屋の引渡し前の確認をしてもらった。
確認も終わって不動産屋と俺と順に部屋を出て鍵をかけて、
さあ行きましょうという段になって、俺は玄関の表札をまだはがしてないのに気付いたんだ。
折りたたんだルーズリーフにサインペンで名前書いただけのお粗末な表札を表札入れから抜き取った時、
もう一枚裏に紙が入ってるのに気付いた。全く見覚えのないその紙はひっくり返すと、一面サインペンで塗りつぶしたようになっていた。
日に当てて透かして見ると「○○祐子」か「○○佑子」と書いてあったように見えたがはっきりとは見えなかった。
不動産屋は「前の人の書き損じですかね、多分表札の紙が薄いから書き損じを裏に重ねて入れてたのを置き忘れていったんでしょう」
と言っていた。俺は、自分の前に住んでいたのは「学生」と聞いていたので何となく男だと思い込んでたから、少し面食らったんだけど、
「そうですか」とだけ言って、そのまま不動産屋と別れてバイクで友達の家に帰った。

続く