[落ちていくモノ]
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蛙のような体制で落下してきたその人は、顔だけをこちらに向けていた。
恐怖か苦痛か屈辱かわからない、むしろ全て入り交じったような
悶絶の表情を一瞬見せて、その人は消えた。
「うわぁああっ!!!」
僕ではない誰かが叫んだ。叫んだのとほぼ同時に、ドシン、と
音が響く。
しばらくフリーズしていた教師やクラスメート達も、2,3秒して
騒ぎ立て、窓に駆け寄り出す。

僕はその様子を茫然と見ながら、フラッシュバックを感じていた。

まただ。またナナシが、人の死を言い当てた。
僕は震えながら、ゆっくりとナナシを見た。
ナナシは、震えもせず騒ぎもせず、窓の前に立っていた。
遠い目で窓を見ている。僕は、ナナシに駆け寄った。
「ナナシ、あれ…」
縋るように駆け寄った僕に、ナナシは振り返ることもせず言った。
「お前、なにか見た?」
なにか。
そんなの解りきっているというのに、白々しく尋ねてくるナナシに僕は無性に腹がたった。

「当たり前だろ!!お前が窓を見ろって言ったんじゃないか!!おかげで僕は目が合ったんだ!!見たんだぞ!!あの人が堕ちる一瞬を!!!」

僕は、あの死に行く人と目を合わせてしまったのだ。
悲痛と苦痛に染まった、間もなく死ぬであろう見知らぬ人と、目が合った。
一生トラウマになりそうな、表情を見たのだ。

「なら、いよいよオカルトだな。」
ナナシは言った。
僕にはその言葉の意味がわからなかった。わかりたくもなかった。だが、
「見てみなさいよ、下。」
さっきまで黙っていたアキヤマさんが、僕に言った。

僕は恐る恐る、人を掻き分けて下を見た。
そこには、こちらを向いて目を見開き、苦悶の表情を浮かべながら
体を不思議な方向に曲げた死人がいた。
ドス黒い血が彼女の白いブラウスを赤茶に染めていて、
僕は思わず目を反らした。

そして、気付いた。

僕は、彼女と目が合ったんだ。それは確かだ。あの表情は、夢じゃない。
蛙のような、這うような姿勢で彼女は落ちて来た。そして、僕を見ていた。

…なら、何故、彼女は「こちらを向いて」死んでいるのか。 俯せに落ちたはずの人間が、何故仰向けに死んでいるのか。
空からたたき付けられた人間が、まさか寝返りなどできるはずもない。
まして、あの数秒間で、誰かが動かしたはずもない。

否、それよりも。
どんな飛び降り方をすれば、「蛙のような体制」に、落下することができるのか。
否、どんな飛び降り方をすれば、
「蛙のような体制で、こちらを向いて落下できる」のか。

その疑問が浮かんだとき、震えは一層強まり、首筋に冷たい何かを感じた。

不意に、ナナシが口を開く。
「死んだ先に何がある。救いなんて、あるはずないのに。闇から逃れても、闇しかないんだ」
その言葉には恐ろしいくらい感情が篭っていなかった。
アパートのときよりも、数倍、僕は、ナナシを怖いと感じた。
赤い海に浮かびながら、僕らを見上げる曲体の死人より、
ナナシの言葉が怖かった。


その後、席替えがあり、
僕が窓際になることは二度となかった。


次の話

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