[先輩ありがとう]
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俺は呼吸を整えて答える。「まだはっきりわからん。けどやばいことになってるかもしれん。どうしよう。なあ、どうしたらええねん!」すがりつく俺。
皆泣きそうな顔で声も出ない。「警察に訊こう。それが確実や。」
普段から冷静なY野が言い、俺は頷いた。Y野と俺はフロントへ行き事情を伝え、警察に連絡を取ってもらった。
詳しい状況がわかり次第、宿に知らせてくれるらしい。
部屋に戻って連絡を待つ。飯の時間も忘れて皆ただ無言で突っ伏している。俺らの事情を察して、宿の人がわざわざ部屋まで食事を運んできてくれた。
残しては申し訳ないと思い味わうこともできずに食事をしていると、部屋の電話が鳴った。「!」一番近くに座っていた俺は受話器に跳びつく。
「もしもし、警察ですが。○○大の人?えーっと、本日午後3時15分、東名富士インター手前3キロ地点で複数台の追突事故発生しまして、現在のところ救急搬送された方13名、うち死者7名です。死亡者のうち確認できた方は5名、いずれも○○大の学生と・・・」
力が抜けて受話器を持つことができない。「もしもし?大丈夫ですか?ご遺体は搬送先病院より現在△△台警察署に向かっております。ご家族の方には連絡済でして、こちらに向かっておられます。」
「そう・・・ですか。」
「あのー、非常に申し上げにくいんですが、ご遺体がですね、えー、損傷が激しいものでして、ただ学生証をそれぞれ携帯なさっておりましたので暫定確認はできておりますが、ご家族の方に最終確認をお願いするわけです。
ご友人の方にはご遺体対面は遠慮いただくということでお願いします。」
「わかりました・・ありがとうございました。」

受話器を置く。俺の周りに集まって耳を澄ましていた皆にも今の報告は聞こえたはずだ。悲痛な面持ちでただ座り込んでいる。先輩・・・三日前一緒に飯を食い、ビールを飲んだのに。
明日からまた練習で一緒に汗を流すはずだったのに。
俺の脳裏には先輩たちの笑顔が浮かんでは消えた。信じられない。


そんな・・・みんないっぺんに死んでしまうなんて。Y野が口を開く。
「とにかく明日一番で帰ろ。通夜の準備もせなあかんやろうし、俺らも手伝ったろう。な。」その夜は皆なかなか寝付けなかった。
布団に入ってあれこれ先輩たちの思い出を語り合った。
新歓バーベキューや練習試合、思い出は語り尽くせないほどあった。
そのとき携帯が鳴った。
母だった。「伸一?今ニュースで事故のことやってて、もうお母さん心臓止まるかと思ったわ。
K崎さんとかあんたの先輩の人やろ?あんた大丈夫なんか?」母の声を聞いて俺は涙がどっと溢れてきた。

「お母ちゃん、俺、・・・怖かったんや・・・怖かったんや。」そうしてひとしきりただ子供のように泣きじゃくり、「明日帰るから。気をつけるから。」と言って電話を切った。
流れる涙を枕で拭い、枕元に電話を置いた。そのとき、ふと俺を得体の知れない違和感が襲う。何かおかしい。
ずっと無意識だが心に引っかかっていたことだ。俺はもう一度携帯を開き発信記録を見た。
K崎先輩への最後の発信記録を。先輩からの着信が切れて2,3分後に掛けた
その時間は3時20分になっていた。「K崎先輩!」俺はこらえきれず叫んだ。
恐怖というのではない。ただ先輩にお礼が言いたかった。
「いつも俺に優しくしてくれて、俺にご飯食わせてくれて、怒ってくれて、ありがとうございました、ありがとうございました・・・」


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