[カゲ]
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また、蛍光灯がフッと消えた。
短めの明滅で不意をつかれた俺は、取っ手に手を掛けたまま中腰で真っ暗な中を窺った。
いた。
さっきと変らない場所に。
左右にフラフラしている人影は、女なのだろうか?
肩が隠れる位の髪が分かる位で、それ以外は周りに溶け込む様な黒一色だ。
これは間違いなくいる。俺は目を離せなくなったまま点灯を待った。

おかしい?かなり長く消えたままの様な気がする。
俺は携帯を取り出して時間を確認した(腕時計は持ってない)。
え?携帯から目を戻した途端、影が動き出した。
左右にフラフラしているのが、徐々に前後にフラフラする動きに変って行ってる。
違う。
今まで俺が見ていたのが後姿だとすると、影はこちらを向こうとしている。
両足を縛られているかのような動きだが、もう間違いない。

どう考えたって人間じゃないだろ、あれ。こっち見てどうするつもりだよ?
と思うんだが、手だけは金縛りにあったようにガラス戸の取っ手にはりついたままだ。
やがて黒い影は、完全にこちらを向いた。
顔も真っ黒だったが、それが顔であることは分かった。そして俺と目が合った。
真っ黒の中に更にコールタールの様な漆黒が凝集して目を形作っていた。
そして次の瞬間。
口が形作られて、その口がニヘラァと胸糞わるい笑い方を形作った。

影は黒い笑いを貼り付けたまま徐々に俺の方に近づいてくる。
本当に少しずつ少しずつ俺に近づくと同時に、何か影自体もゆっくりと大きくなっていくようだった。
やがて、ガラス戸を挟んで等距離になる位まで近づいた。影は玄関一杯に広がっていた。
影の顔はかがみ込んだ位の所に移動して、もう一度ニヘラァと笑おうとした、と思う。
ピンッ。
妙に乾いた音と同時に、ビシャァァッと水を叩きつけるような音が響いた。
影はガラス戸全体にベッタリと張り付いていたが、塵が飛ばされるようにゆっくりと消えていった。
中では蛍光灯が点灯していて、また何も無い建物の風景を照らしていた。


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