[手の感触]

小学生のころの話です。
私の通っていた小学校には毎年教育実習生が来ていました。
実習が終わる時にはクラスの一人一人から何かしらメッセージを贈るのが通例でした。
ある年に私達のクラスに来た実習生は、かねてから「Tシャツに寄せ書きしてほしい」と話していました。
だから色紙や手紙の類いは用意されず、かわりに油性ペンがたくさん用意されました。

最終日にお別れ会がひらかれ、花束と写真を渡したあとみんなで一斉に実習生を取り囲みました。
メッセージが白いTシャツのあらゆる場所にめちゃくちゃに書き込まれていきます。
ギャーギャーと大騒ぎでした。
それを担任は少し離れた場所から眺めていました。

そんな中、早々に騒ぎから離れている子がいました。
K君という静かな男の子です。
静かと言っても内気なわけではなく、ちょっと独自の価値観を持っているというか潔癖というか。
周囲を見下しているような態度をとることも少なくありませんでした。
その時も小ばかにしたような顔をして、壁に寄り掛かったまま、なかば睨みつけるように眺めていました。

私はそれを見て「さっきのアレだな」と思いました。
寄せ書きを始めて間もない時、K君の背中に誰かの手がギュッとしがみついているのを見ていたんです。
4、5人の手が両手で制服をギュッと掴んで、引っ掻くような動きもしていました。
ふだんのK君の態度は確実にみんなの不興を買っていたので、ちょっとした悪戯をされることがよくあり、その時もそれだと思っていました。
お別れ会はそれ以外は和やかに終了し、実習生は去っていきました。

問題は翌日のクラス会で発覚しました。
あの時、K君の制服の上着に誰かが落書きしたというのです。
制服は黒い学ランなのでぱっと見は分からないのですが、よく見ると確かにグシャグシャとペンのあとがあります。
こんなはっきりした嫌がらせがあるのは初めてでした。
担任は一人一人に小さな紙を渡し、何か知っている人は丸を書けと言いました。
その人には機会を見て話を聞くから、と。
こっそり犯人捜しをしようというんですね。
私はあの"手"のことを思い出し、少し迷いながら小さく丸を書きました。
そして担任に見たままを話しました。

その週の終わりのクラス会で、担任とK君から報告がありました。
犯人が名乗り出たことと、反省しているから相手を知っている子は責めないであげてほしい、ということでした。

続く