[悪魔の最大の目的]
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最初は日本語で祈っていたが、途中から異言(いげん:聖霊を受けた人が語る言語。
その人の内の聖霊が語りだすらしい。その言葉は本人にさえ何を言っているのかわからず、
必ず本人が知らないどこかの国の言語か、天使の言葉を話す。親父の異言はなんか
巻き舌っぽい発音だ)に変わった

さすがに聞きなれた親父の異言だけに、不思議な安心感が俺を包む
祈りが終わったとき、ずっと聞こえていた声は消えていた

「明日、その廃屋へ行った友達を全員連れて来い。他の子にも何か憑いてるかもしれん」
夏休みだったから、みんな集まれるはずだったので、俺は素直にそれを承諾した

親父は特に、一緒に行った女友達のことを心配していた
AやA兄のように、まったく怖がってない人間はそんなに危なくないらしい
そういう態度が逆に霊のちょっかいを呼ぶこともあるそうだが、その程度で
機嫌を損ねるような霊は小物で、そんな霊にはそれこそ幻聴や幻覚、悪夢、不安なんかを
引き起こすくらいしかできないそうだ
そういう意味で、怖かったであろう女友達のほうが心配だし、何より、
女は男より霊的攻撃に晒されやすいらしい
これは聖書の創世記で、サタンが善悪を知る木の実を食べさせるために騙したのがエヴァで、
そのエヴァに勧められてアダムもそれを食べてしまう、というエピソードに象徴されているそうだ
だから、男は女に弱く、女は悪魔に弱いと

俺は親父からそれを聞いて、さすがに女友達のことが心配になったが、
思い返すにそんなに様子がおかしかった記憶はないから、大丈夫なんじゃないか…
そんなふうに思っていた

次の日、俺は昨晩廃屋にいった面子に事情を話して、教会に集まってもらった

全員集まったので、親父を呼びに行くと、すでに親父の表情が険しい
「悪霊がいる。お前は来なくていい。…それから、一つだけ言っとく。怖がるな」
それだけ言うと、親父は教会の方へ向かっていった

とりあえず居間で、何もせずにぼーっとしていると、AとA兄、それから
昨晩一緒に行ったBとC(Cは女の子)がすぐにやって来た
「どうだった?」
俺が聞くと、Aがこわばった顔で
「D(Dも女の子)に何か憑いてるらしい。俺たちも追い出された」
「Dちゃんが? 昨日は何ともなさそうだったのに」
俺が不思議がると、Cが涙目で言い出した
「それなんだけど、何ともなさそうだったのが、今にしてみれば逆に変な気がしない?
Dって結構怖がりだし、最初肝試しに反対してたのもDだった…車の中でもずっと不安そうだったし…」
それを聞いて、俺はあの廃屋でのことを思い出した
家の裏の沼で俺が立ちすくんだ時、俺を気遣ってくれたのはDだった
『大丈夫…?』
そう言って、彼女は少し笑っていた
あの状況で、あのDが笑う…?
あの時既に、Dに悪霊が憑いていたとしたら…
俺は背筋が寒くなって、
「親父が怖がるなって言ってた。とりあえずあんまり考えるのやめにして待とうぜ」
みんなに―半分以上は自分にそう言い聞かせて、親父とDが出てくるのを待った

続く