[滴]
俺は某大学病院に勤務している外科医だ。 
通常勤務以外に週1〜2度の当直が義務付けられていて、 
大抵は早くに仮眠を取り、夜中は当直室で論文、手術所見や 
学会認定のための書類作成などのデスクワークをすることにしている。 
ある夜、俺はいつものように当直室で論文の仕上げに集中していた。 
うちの大学の当直室は各科、各階に個室が2部屋ある。8畳程の広さで 
入ってすぐ右にロッカー、洗面台、反対側にベッド、そして正面の窓に 
面するようにデスクが置かれている。 
夜中二時頃、俺はこのデスクでノートパソコンに向かっていた。 
ふと集中が途切れたとき、何かしら耳慣れない音に気付いた。『ポタ…ポタ…』 
‘?’俺は耳を澄まして音の方向を探る。その音はドアの外から聞こえてくる。 
俺は何の躊躇もなく納得した。この病院は二年後に建て替えが予定されている 
古い建物で、配管はすべて廊下や室内の天井にむき出しになっていて 
状態も悪く、水漏れなど日常化していて何の不思議もない。 
ぬるくなったコーヒーを飲み、再び机上の仕事に集中しようとしたそのとき、 
俺は異変を感じた。 
『ポタ…ポタ…ポタ』音が、移動してきたのだ。明らかに部屋の中で聞こえているのだ。 
‘…?!’振り向こうとしたが体が石のように固まって全く動かない。 
全身からどっと冷たい汗が噴き出す。俺は満身の力を込めて眼球を動かした、 
いや、恐らく俺はあの時無意識に見ることを拒んでいたのだろう、直観的に。 
俺は目の前の窓ガラスに視線を移した。暗闇に映し出された当直室に、 
俺の姿と、背後に天井から逆さまにぶら下がった濡れた長い髪の首が 
俺をガラス越しに睨んでいたのだ。不気味に嗤いながら。