[落ちた日と発見された日]

ところで、私がひとつ気になっていることがある。T君の事だ。
 後日、T君の話を聞いたところ、彼はその日は休んでいて一日中、家で寝ていたらしい。
 他のクラスメートも口をそろえて、そう言っていた。では、あの日のT君はいったい誰だったのだろう?
 私の祖母が言うには、ススキで作った注連縄を身に付けるというのは、山の神様に身を捧げるときの儀式だという。
 私が聞いた歌は“山ヌシ”が宴をするときの歌で、あの時のT君は山の神様の使いなのだ、と。きっと、お前と波長があったのだろうと、そういって微笑んだ。
今でも、その歌のメロディーだけは覚えているため、よく口ずさんでいたりするのだが、不思議と心が安らぐ。

ともあれ、あの日から私の目には、徐々に奇妙なものが映るようになった。
 その第一号が、和服の少女である。彼女には何度も助けられたり、奇跡的な腐れ縁を貰ったのだが、それはまた別の機会に話したい。

 ようやく、書き終えたので、和服の少女の話を投下しようと思う。


 あのあと、私は目を覚ましてから、一週間の間は病院のベッドで寝ていた。
 脳にも損傷は無いらしく、すぐに退院できるくらいだったらしいが、父の腕から私を引き離す際に少し乱暴に剥がしてしまったらしく、所々骨にひびが入っていたそうだ。
 少女と出会ったのは、私が目を覚ましてから3日目か4日目の夜。ちょうど私の村で、山の神の祭りが始まる時期だったと思う。
 私は母が買ってきてくれた、漫画雑誌を読みながらベッドに横になっていた。
 
パチン

 そんな音と同時に、部屋が暗くなった。その時は、ただ看護婦さんが電気を消しに来ただけかなー。などと思っていたのだが、少しおかしい。
 普段なら、10時頃が消灯時間だというのに、今はまだ8時にもなっていないはずだ。
 私は少し怖くなり、ナースコールに手を伸ばそうとしたのだが、腕が動かない。
 冷たい感触が、手首の周りにこびりついた。それは確かに、母に手を握られたときのような感触だった。氷のような冷たさを覗けば、であるが。
 そして、また「パチン」という音が聞こえ、次は体を思いっきり突き飛ばされたように、ベッドの上から転げ落ちた。
 しかし、不思議と痛みは無かった。痛めているはずの膝も、腕も何の問題も無く動かすことが出来た。
 とはいえ、あんな怖い思いをした直後で、そんなことに疑問を抱いている暇も無い。
 私は、ふらふらとした足取りで、部屋のドアを開けた。

 パチン……パチンパチン

 音は不規則なリズムで、私の後を追うように近づいてくる。
 私は必死になって、震える足で真っ暗な廊下を必死に走り、ようやくトイレから漏れる光が目に入り、安堵の溜息をついた

 あの音も聞こえない。私は泣きそうになるのを堪え、トイレのほうへ近づいた。
 だが、トイレには一向に近づけない。それどころか、遠ざかっていくかのようにも思える。
私はふと、周りの音が聞こえにくいことに気がついた。思わず耳に当てた手にぬるっとした、いやな感触が伝わった。
 腰が抜けそうになり、泣き叫びそうになったが、その感触はすぐに無くなり、あの音が私のほうから遠ざかっていく。
 普通の思考を持った人間なら、そのままナースステーションに転がり込んで助けを呼ぶのだろうが、どうも私は気でも触れていたのか、その音を追いかけていたのである。
 まるで、友達と鬼ごっこでもするかのように。

 音を追いかけているうちに、いつの間にか私の中の恐怖心は消えていた。私は、その鬼ごっこが今まで生きてきた中で、一番楽しい時間だったのだと思う。
 時計を気にすることなく、先生や親に怒られもしない。とても、楽しい時間だった。
 何時間経っただろうか、私はその音をようやく捕まえた。あの冷たい感覚が手を伝ってくるが、今度は気にもならなかった。
 そこで私の記憶がすっぽりと抜け落ちている。

 目が覚めたときには、私は病院の外の庭で寝ていた。
 医者は「どうも、君は夢遊病か記憶喪失のケがあるのかな」と目を細めて笑っていた。
 きっと、あの医者は見えていなかったのだろう。その部屋の周りを、青い鞠をつきながら遊びまわる少女の姿を。
 それから、毎夜というくらい私が寝て数十分すると、胸の上にネコくらいの重さのものが圧し掛かってくるのである。

 綺麗な空色と、桜色が散りばめられた着物を着ながら、パチンパチンと両手を鳴らして。


次の話

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