[乗せた女]

数年前の九月のある夜。
夜間だけ通行無料になる観光道路があって、当時ドリフト族気取り
だった友人と走りに行った。
週末になると本物の走り屋が出没して、警察の取り締まりとかあった
ので、行くのはもっぱら平日だった。
観光道路の先には県立公園があって、その手前までが定番のコースだった。
いつものように、ドリフト走行を楽しんだ後、下りは安全運転に切り替えた。
峠までは山道で、夜景も見えない。
せいぜいカーステレオのボリュームをあげて、ふざけたカラオケに興じるくらい
しかやることはないのだが、その夜は違った。
帰り道の途中、一人歩く女性に出くわした。
俺らは都市伝説を目の当たりにしたと感じた。
街中でナンパされた女が、この先の公園でレイプ。そして置き去り。
友人はパッシングしてスピードを落とした。

二人とも三流とはいえ地元の大学生。
いちよう良識はある。
ここは善意の救出者が妥当だろう。めったにあることじゃないし。
「大丈夫ですかー」好青年ぽく俺が声をかけた。
「アシがなければ、ぼくら送りますよー」友人が真面目な口調でつづける。
相手は未成年にはみえなかった。
第一印象は水商売ふう。オレンジ色のTシャツに黒っぽいミニスカート、
ピンクのスニーカーだった。
「町までかなりありますよ」
ハザードを点けて車を止めると、相手は一瞬顔を上げた。
化粧が濃い感じだった。
「これから帰るところなんで、途中まで送りましょうか」
「タクシーの拾える辺りまで」
女性の不安を察したつもりで、俺らは心から同情した。
「じゃあお願い」
相手は胸元を両手で隠すようなポーズのまま、小さな声で答えた。

助手席側の扉から後部座席に乗り込むと、その女性は顔を隠すように
頭を下げた。
「俺ら○○大学の学生で、暇なんで走りに来たんですよ」
相手を安心させようとして、友人はおどけた口調で自己紹介した。
俺は振り向いた姿勢で、女性の様子をうかがったが、それを嫌がっているよう
だった。
(あー、こりゃやられたな)
何か生々しいことを想像すると、心なしか血のような匂いがした。
「窓開けていい?ちょっと気分が悪いの」
女性はかなりハスキーな声でささやいた。
「ああ、いいっすよ」
友人も気になってか、バックミラーを女性に向けた。
多分見えないだろう。ほとんど俺のシートに頭をつけている。
「具合悪いんだったら、病院に行きましょうか?」
俺がうっかりそう言うと、友人は肘でこづいた。

ちょうど目の前の対向車とすれ違う瞬間だった。
いったいどんなサインかわかりかねて、友人を横目で見ようとすると、

「あんた手に何を持ってるんだ」

友人は急ブレーキをかけると、怒った口調で振り返った。
何が起こったか分からず、キョトンとしている俺をよそに、友人はドアロックを解除した・
女性ははじかれたようにドアをあけ、外に出る。
友人が後を追おうとすると、車の前に立った女がこちらを睨んだ。
ハンドバッグに片手を入れ、野太い声で唸った。

「来るんじゃねえ」

俺はオレンジ色のTシャツが赤く染まっているのに気づいた。
そして、相手が小柄ながら、女じゃないことにも。

二人とも固まったまま、山道を走り去るそいつを見ていた。
「間一髪だった」
友人の声は震えていた。
「さっき対向車が来たとき、見えたんだ」
俺は膝ががくがく痙攣した。

「あいつ、おまえの首に、ナイフを突き刺そうとしてた」


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