[向こう岸に立つ女]

その日、仕事から帰ったYとビールを飲みながら、それとなく彼女の事を話してみると

「へえ、俺ぜんぜんそんなの気づかなかったよ。で、かわいいコなのか?」

Yも興味深々な様子です。

「さあね。遠すぎるから、そんなのわかんないよ。もしかして今もいるかもしれないし見てみたら?」

言って私はYと一緒に窓際へ移動し、向こう岸を眺めました。
すると案の定、彼女はいつもの場所に立っていたのです。

「なるほどなあ、確かによく見えないよな。」

そう言うとYは押入れから双眼鏡を持ち出して来ました。
釣り好きの彼は、いつもこれで河の様子を部屋から確認しているみたいでした。

「どれ、貸してみて。」

私はYから半ば無理矢理に双眼鏡を借り、対岸を見てみました。
それでもまだ遠いせいか、はっきりとは見えないのですが、彼女は茶色のワンピースを着た
若い女性であることが確認できたのです。

次にYが双眼鏡を覗きました。
ここでいつもなら辛辣なコメントのひとつでも吐きそうな彼が、珍しく黙っています。
私はYの様子が少しおかしいのに気付きました。
妙なことに彼は、その場に固まってしまったかのように身動きひとつしないのです。
心配になり、私が声をかけようとしたその時、Yがポツリとつぶやきました。

「なあ、あれ、あの人、こっちに向かって歩いてきてる。」

私は最初、彼の言っている意味がよく把握できずにいました。
そしてYの隣に移動し、向こう岸を凝視すると・・・・

確かに歩いているのです。
水面の上を。

私は瞬時に彼女が異形の者であることを悟りました。
「やべえ、こっち見てるよ。ここに来る気だよ。」

「貸せ!」
私はYから双眼鏡をひったくって覗くと、彼女はもう河の中央ほどまで移動して来ていました。
今までよく見えなかった部分も、今なら鮮明にわかります。

その顔は水でふやけた水死体のように真っ白で、ぱんぱんに膨れ上がっていました。

私達はパニックにおちいり、一目散に部屋から逃げ出しました。
彼女に憑き殺されそうな気がしたからです。

結局その日は部屋に戻れず、隣町のビジネスホテルに一泊しました。

その後Yはアパートを引き払い、別の町へ引っ越してしまったようです。
私が気にするあまり、対岸にいた彼女を呼び寄せてしまったのでしょうか。

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