[花束]
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何者かが追ってくる気配は無い。叫び声もしない。
立ち止まって友人に携帯を掛ける。
「逃げた!?お前無事逃げられた?」
息を荒げながら友人が応える。
『平気だけどさ!な、なによアレ!?どうしよ!俺どうしよ!??』
友人は現場に自転車を放置してきてしまったこと、自宅が逃げた方向とは
反対なので、また橋を渡らねば帰れない事実にテンパりまくっていた。
携帯の時計は8時を回っている。橋の向こうは暗くて見えず、
友人の様子も分からない。更にこんな時に限って、車が一台もやって来ない・・・
「わかった、じゃ助け呼ぼう!お前の自転車壊れたとでも嘘ついて、
親でも友人でも呼び出して車持ってきてもらうんだ!俺もやってみるから!」
いやだ!こっち迎えにきてくれ!と喚く友人をなだめ、携帯を一度切り、
母親にダイヤルした。
―ツーッ、ツーッ、ツーッ・・・
繋がらない・・・てか呼び出し音さえ鳴らないということは・・・
画面を確認。「圏外」の表示。
はぁ!?
(じゃあ何でさっき俺は友人と・・・)

・・・ピリリリリリリ!!ピリリリリリリ!!
今度は友人からちゃっかり着信である。何だこの未体験ゾーンは!?
「もしもし!?」

『あ゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー』

絶叫。友人の声ではない。受話器から耳を離す。それでも続く女の絶叫。
常人の肺活量では続かない長さである。友人が無事では無いことを悟る。
「くっそ!」
今すぐ友人のもとへ行かねば、取り返しのつかないことになる!
もう遅いかも知れないが・・・
『あ゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー』
―プツリ・・・
絶叫が響き続ける携帯を切り。俺は橋の反対側、友人のもとへ走った。
欄干の傍は通りたくないので、歩道ではなく車道のど真ん中を疾走する。
数少ない街頭の間と間にある、その深い闇に何かが潜んでいそうで、
走りながら恐怖で気が狂いそうだった。

そして、橋の中間点に差し掛かった時、正面の暗闇から黒い影が
すごい勢いで接近してきた。
―!!!
友人を助けることなど一瞬で忘れ、来た道をダッシュで引き返す俺。
あの影ナニ!?どんだけ奇襲かけてくんだよ!!

(うおおおおおおおおおおおお・・・!!)
走りながら涙と鼻水と小便を垂れ流すような経験は、
後にも先にもこれが最後であってほしい・・・
影はまだついてきており、足音が聴こえる!が・・・
「お〜い!何で逃げんだよw」
背後から友人の声である。影の正体は友人であった。
門限をとっくに過ぎていたため、怖いながらも意を決して、
こちら側に走ってきたそうである。

続く