[普通の犬じゃない]
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「餌代としてもらっておきますよ。これから物入りになりそうなので。 そういうことならいいでしょう?」

そういって私がふところにそれをしまうと彼女は驚いて顔をあげた。
にらみあいのあいだに私は彼の名前をすでに用意していた。

「よくも悪くもこんなに霊験あらたかな犬なんてほかにいないでしょ? な、八房」

考えた名をよんでみるとはじめて音で意図を示された、ぐるるという唸り声。
返事をするということは気に入らなかったわけじゃなかろうと。

「でも… 危ないですよ。 解散した団体にも不可解なことがいくつも」

心変わりをうながそうとする担当者を手で制し。
「これが一番なんです、私にとっては。」
そういいながらどうやって示したものか考え、思いつきでジャーキーを取りだし試しにケージについた穴に近づけた。
指にかみつかんばかり(というか最初からそのつもりだろう)に勢いよくだがくらいついてはくれた。

「ね? 普通の犬じゃこうはいかない。警戒して食わないところです。 私ならうまくやってけます。」

すでに八房との生活のプランは頭の中にあった。
自信をもっていうと担当者は八房とわたしをみくらべたあと、しばし話をしてから去っていった。

こうして私は八房の犬となった。

彼は生きている間にかずかずの不幸を私にもってきてくれた。
保健所の中にやってくる犬達の中で情を通わせた犬がいると感づいて吠え立てる。
引き取れと命じるのだ。
基本的にわたしは八房の命令に忠実だった。
だが、家計のためにとやむなく見捨てた時は医者にも原因不明だという高熱に一週間もやられたものだ。
人間が動物に都合をおしつける世の中で、八房だけが動物の都合を人間におしつけられる立場だった。
とはいえそれではこっち餓死するし、そうなると犬達の面倒は到底できない。
さしもの八房も人間の言語まではわからずディスカッションは混迷を極めたが辛うじて私の生存ラインの出費の範囲内で納得してもらえるようになった。
だがそんな幸せな生活も長くはつづなかった。
彼はたかだか三年私のもとで生きて、亡くなってしまった。
八房の魂がまだ肉の内にとらわれている内になんとか八房との関係修繕をしたかった。

今私は自宅に飼っている犬を人質として辛うじて八房の祟りを免れているに過ぎない。
八房のためにたてた供養塔を撮影してそれは確信に変わった。引き取る前にみせられたものより格段に犬の顔は増えている。


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