[逆打ち]
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俺は大体納得し、
(事情というのは俺達と違い休みの期間が短いとか、そういうことだろう。
このおばさんも恐らくオカルト好きの酔狂な人で、興味本位で逆打ちをしているんだな)
などと勝手に思い込んでいた。
質問が終わると、中年女性は本堂のほうへ歩いていった。
「大したことなかったろ?」
と、女性を見送りながらYが言う。
「そうだな、一人でビビった俺がバカみたいだ」
笑いながら俺はそれに答えた。
「それじゃもう寝ようぜ、いい加減にしないと明日に差し支えるし」
Yに促され、俺達は寝袋に入ろうとした。だが――

カツー…ン カツー…ン

本堂の方から音が聞こえてくる。まるで釘を打つような音が。
「おい」
本堂のほうを睨みながら俺はYに声をかける。
「あぁ」
Yは頷き、俺達は本堂の方に走って行った。
俺達が本堂の前についたときは既に音は止んでおり、
中年女性が槌のようなものを持って佇んでいた。
そしてその視線の先には、禁じられている木の札が打ち付けられていた。
(おいおい、いくらオカルト好きでも禁止行為はやっちゃダメだろ)
その時の俺はまだその程度にしか思っていなかった。
中年女性は、まるで俺達などそこにいないかのように、俺の脇をすり抜けて行った。
すれ違う一瞬、俺は確かに聞いた。
「もう少しだから、もう少し、今度は・・・」
と、中年女性がぶつぶつと独り言を言っているのを。
そこで俺は、あることに気付いた。
あの女性が着ているボロボロの服、あれは八十八箇所回りの巡礼者が着るという巡礼服だ。
今までそのことに気付かなかったのは、真っ白であるはずの巡礼服がどろどろに汚れており、
また、本来背中に書いてあるはずの文字も擦り切れていて見えなくなっていたからだ。
そして、俺はそのことに気付いた直後にある想像が浮かんだ。
あまりにも悲しく、おそろしい想像・・・

この女性は本気で誰かを生き返らせようとしているのではないだろうか――
そして、逆打ちをするのは恐らくこれが始めてではない――
「道に慣れている」という発言、あまりにもぼろぼろの巡礼服、そして先程の独り言・・・
彼女は今まで何回、何十回と逆打ちを繰り返しているのではないだろうか
そしてこれから先も、願いがかなうまで何度でも――
そして大事そうに抱えていたあの鞄、あの鞄の中には・・・

全ては俺の勝手な想像に過ぎない。
しかしこんな想像をしてしまったからには、もう逆打ちを続ける気力など残っているはずもなかった。
俺はYに自分の想像したことを話し、逆打ちの旅を中止することにした。
次の日すぐに俺達は四国を出たのだが、爆睡していたAだけはとんでもなく不満そうだった。

この話を後日四国出身の知人に話したところ
「嘘だろ?映画(死国)の前までは逆打ちで死者が蘇るなんて聞いたこと無かったし」
とのことだった。その知人は「そんな新しすぎる噂に執着するやつはいない」と言っていたのだろう。
だが、噂の新旧はあまり関係ないと俺は思う。
どんなに新しかろうと、どんなに嘘臭かろうと、絶望の淵にあるときに差し出されれば
簡単に信じ込んでしまうのではないだろうか。
もしかすると、あの中年女性は今もまだ――


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