[影のない女]
前頁

そこで俺はその女性の姿に妙な違和感を覚えた。上手く言葉にできないのだが、何かがおかしい。
YとAも同じような感じだったようで、俺達三人は顔を見合わせたり小首を傾げたりしていた。
手を伸ばせばもう手が届く、というところまで女性が近づいてきたところで、
俺はようやく違和感の正体に気付いた。
この女性には影が無い――
ありがちだな、と思った人もいるかもしれない。
しかし俺が言っているのはいわゆる影法師のことではなく(影法師もなかったかも知れんが)
人間の身体にかならずあるはずの、鼻の下や目の窪みといったところに出来る影のことだ。
まるで小学生が描いた人物画のように、その女性には陰影が全くなかったのだ。
その女性は、俺が違和感の正体に気付いたと知ってか知らずか俺の隣に座り
にたりと(決してにっこりと言ったようなものではない)歯を剥き出しにして笑った。
そこで俺はもう一つ、奇妙なことに気付いてしまった。
女性の首が異様に長いのだ。
最初は普通だったはず(暗くて距離があったとしてもさすがに分かる)なのに、
今俺の隣に座っている女性の首は、常人のそれの二倍以上はあるようだった。
YもAも、女性の異常さにとっくに気付いているようだったが、恐怖のためか
身体が全く動かないようだ。当然俺も蛇に睨まれた蛙のような状態で、指一本動かせなかった。
逃げ出すこともできず、目を逸らすこともできず、
俺達はひたすらこの異常な状況が終わるのを待つしかなかった。
どのくらい経っただろう?俺には1時間にも2時間にも感じられたが、実際は数分だったと思う。
唐突に、女性が声を上げて笑いはじめた。ゲラゲラと狂ったように、壊れた人形のように。
恐怖の限界に達していた俺達は、その笑い声を皮切りに猛ダッシュで車まで逃げ込み、
近くのコンビニまでフルアクセルで飛ばした。その間も笑い声が耳から離れず、
本気で気が狂いそうだったように思う。

結局俺達はそのコンビニの駐車場で
「すげえ、あれなんだ!?」
「マジ怖え、つか意味わかんねぇ」
と、興奮状態で夜を明かし、次の日の朝早く神社に片付けに戻った。
当然女性はもうその場にはいなかったが、不思議なことにカレーだけは綺麗に食べつくされていた。
あの女性が霊魂の類だったのか、それともあやかしの類だったのかは分からないが、
俺達が頻繁に霊体験をするようになったのは、丁度この出来事のあとからだった。

後日談だが、この出来事の一週間後にYとAに
「もう一回あの神社行こうぜ」
と言われたときは
(こいつら取り憑かれたんじゃないか?)
と心配したものだった。


次の話

Part152menu
top