[鏡]

大学1回生の冬。
大学に入ってから出入りするようになったネットの地元系オカルト
フォーラムのオフ会に出たときのこと。
オフ会とは言っても、集まって居酒屋で飲む程度のものもあればディープ
なメンバーによる秘密の会合のようなものもあった。
その日も10人ほどの人間が集まって白木屋でオカルト話を肴に飲んだ後、
主要メンバーだけが夜更けにリーダー格の女性の部屋に集ったのだった。
そのリーダー格の女性とはColoさんという人で(なぜか頻繁にハンドルネーム
を変えるのでそのとき本当にColoだったかは自信がない)、俺のオカルト道
の師匠の彼女でもあった人だったので妙に可愛がられ、若輩の俺も濃い主要
メンバーの集まりに混ぜてもらうことがよくあったのだ。

秘密の会合では交霊実験まがいのことをすることもあったが、その日は
1次会の流れのままColoさんの部屋でダラダラと酒を飲んでいた。
山下さんという男の先輩が「疲れてくると人間の顔が4パターンしか見え
なくなくなる」という不思議な現象にまつわる怖い話をしていたところまでは
覚えている。
揺さぶられて目を覚ましたとき、部屋には3人しかいなかった。
Coloさん、みかっちさんという女性陣に俺。

「鏡占いに行こう」
まだ覚醒していない頭に、実にシンプルな構文が滑り込んできた。
なんでも市内に新しい占いの店がオープンしたのだが、それが一風変わった
「鏡を使った占い」をしているのだそうだ。
思わず腕時計を見たが、短針は12時を回っていた。
しかし二人は大丈夫、大丈夫、まだやってるというのである。
洗面所をかりて顔だけ洗っていると、Coloさんがそばにやってきてこう言った。
「困ってることがあるんでしょう。その店の鏡の中には、困難の正体が映るん
 だって」
困っていること。
たしかにある。Coloさんやオフ会のメンバーには言っていないが、そのころ
俺はある女性に絡むやっかいごとの只中にいた。
霊感の強い人に立て続けに出会ったせいか心霊現象にはよく遭遇するように
なっていたのだが、異常な人間のほうがはっきり言ってたちが悪い。
その女性は、信じがたいことに市内の高校で「同級生の血を吸う」という事件
を起こして停学になったことがあるという。
興味をもって彼女のことを調べてまわっていたのが不興を買ったのか、その
ころ身の回りに不可思議な出来事が立て続いて起きていた。
もちろん彼女と関係があるとは限らない。
しかし最悪の事態を想定して生活するのは臆病者にとって当然だ。俺は知り合い
にもらった魔除けのタリスマンなるものまで肌身離さず持っていた。
Coloさんは何を考えているのかわからない独特の表情で、「たぶん、本物だから」
と言った。

続く