[狙われた家族]
前頁

切羽詰った父の「逃げろ」の言葉と、その音が怖く気付くと私は
始発電車に乗って隣の市街まで出ていました。
パジャマのまま、しかもサンダルでです。どうする事も出来ず寒さに震えながら灯りのついている
お店に入りました。当然お財布など持っていなかったので、ただ入るだけでした。
日が昇り始めた頃、不審に思ったのか店員さんが話し掛けてきました。
何も言えない私を見て、店員さんは優しく諭しながら暖かい飲み物を奢ってくださいました。
失礼ながら店員さんはパっと見男か女か分からないような方でした。
ただ優しくあと少しで仕事が終わるので
その後警察に連れて行ってくれると言いましたが私は断りました。
警察に行っても意味などないからです。その時またあの音が聞こえました。
逃げようとした私の腕を店員さんが掴んだので驚いて顔を見ると、店員さんも驚いた顔で
私を見ていました。どうやら店員さんにも私が聞いているのと同じ音が聞こえているようでした。
今までそんなことがなかったので驚きと不謹慎ではありますが僅かな嬉しさがありました。
それでも店員さんに迷惑をかけるといけないので手短に話をして離れようとしました。
しかし店員さんは友人になんとかできる心当たりがあると言って私に説得してきます。
今思えば彼が悪人でないという保障はなかったけれど、その時の私は飲み物の温かさと
彼にも音が聞こえたという安心感で何も考える事はできませんでした。

その安心感を信じた事が私にとっての幸いでした。
彼が紹介してくれたのは彼よりも少し若い男性に見えましたが、彼よりも落ち着いていて、
私を見るなりにっこり笑って「今まで辛かったですね」と言ったのです。
その途端に涙が溢れました。泣きながら今まであったことを告げると少年は無言で頷いて
店員さんに色々指示を出していました
(あまり覚えていないのですが、塩、水、月、という単語が聞こえました)
店員さんは少年にしぶしぶという感じで従いながらも泣いている私を慰めようとしてか
明るい歌を歌ってくれました。気付くと、少年の言う「処置」は終わっていました。
泣きながらその場に居るだけだった私には何を行っていたのか分かりませんでしたが
それが終わる直前に大量の血の匂いと恐ろしいほどの鎧の音が聞こえたのは確かでした。
終わってすぐに私は家に電話をしましたがつながりません。店員さんは学校をわざわざ休んで
私と一緒に家まで来てくれました。
家の中に父は居ませんでした。ただ、昔の人が履くような藁の履物の跡が家中にびっしり
あって、それこそ踏み場もないような状態だったのです。震える私を支えながら店員さんが
家中を探しましたがやはり父はおりませんでした。どことなく血生臭さも感じました。

それ以来私はあの音も、血の匂いも感じません。父はいまだに見つかりませんが
母は暴れるのを止めたらしく近々通常の病棟に移ることが出来、うまくいけば年越しは
家で迎えることができるそうです。
母が退院をしたら、店員さんや少年にお礼をしたいと思っています。
今でもあの音や血の匂いの原因はわかりません。母が落ち着いたら改めて聞いてみようと思います。
長々と失礼致しました。


次の話

Part151menu
top