[餓鬼と即身仏の話]

即身仏で思い出しました。北関東の田舎の、あるお寺のお坊様から聞いたお話。

「即身仏はなぜ尊いとされたのでしょうか」と、その寺のお坊様は私に尋ねました。
「それは『餓え』という生命全てが持つ生存欲を意志の力で越えていく行為ゆえです。
 大乗仏教では個人的な苦行は否定されていますが、即身仏のみ、自らの餓えを以って
 他者の餓え、大きな飢饉を贖おうとする、キリスト教的な価値観が見て取れるのです」
人間の3大欲求である性欲、睡眠欲そして食欲。餓えとは、その最大の欲求である食欲
が満たされない時に発生する、生命体の最大の試練なわけです。

最近、育児放棄による乳・幼児の餓死が多数報道されるようになっていますが、実は
こうした事例は昔から多くありました。そうして亡くなった方はあまりの食への妄執
の強さ故、餓鬼道に堕ちてしまうそうです。それは徳を積んだ高僧が目的を持っての
餓死であれば回避できるそうですが、幼く、餓死する必要もない子供であったりする
場合、「餓えて死ぬ」と、魂が磨耗してしまうそうです。前世の悪行故に今生で幼く
して餓えて死ぬ運命を背負って生まれてきたのだ、という人もいますが、そのお坊様
によると、そういう魂はバングラデッシュやアフリカなどの皆が餓えているところに
出る、この日本の今の時代に餓えて死ぬというのは、今生で生じた悪縁によるところ
が大きいそうです。

その話は、祖父の何回忌かで、施餓鬼というものをやった時に聞きました。餓鬼道に
堕ちた餓鬼に施しを与え、現世に悪さをしないようにする祟り避けの儀式だそうです。
その時は、お団子をたくさん作って、お仏壇の前に小さなテーブルを祭壇にして供え
ました。そのお坊様が来てお経を上げて、
「何かを食べる時にはいつも『頂きます』食べ終わったら『ご馳走様』と口に出して
 言ってください。その感謝の念が餓鬼に届きます」「そう言わない食生活、ただ口
 に食べ物を運ぶだけの生活をしていると、物を食べていても餓鬼道に近づきます。
 餓鬼道は私達のすぐそばにあるんですよ」とお話して帰りました。その夜のこと。

ふすま1枚隔てて祖父の仏壇の隣の部屋で、母と姉と女3人で寝ていた(父は仕事が
あるので夕食後に一人で帰りました)のですが、夜中におしっこがしたくなり起きて
しまいました。祖母の家は当時まだ汲み取り式で、深い穴がちょっと怖かったのです
が、別に3色の手が出てきてお尻をなぜるということもなく、無事におしっこをし終
えて部屋に戻ったのです。私は当時確か小学校5年生でした。

部屋に戻ると、母と姉を起こさないようにそおっと布団の周りを回って、真ん中に敷
いてあった自分の布団に潜り込もうとしましたが、祖母の家で飼っているキジトラの
猫が布団の上に寝ていて布団に入れません。その子を抱っこして一緒に布団に入ろう
とするとその子はフゥッ!とうなって、隣の仏間に走りこんでしまいました。ああっ
そっちはお団子が飾ってあるから入っちゃダメだよ!と思って私も隣の部屋に四つん
ばいになったまま入りました。思えばなぜふすまが開いていたのか。

暗い仏間の中心にそのキジトラが座っていて、毛を逆立て、尻尾を太くして、フーウ
フーと喧嘩をするようにうなっていました。後ろの寝室の常夜灯の茶色い光がふすま
の開いた隙間から微かに差し込んでいて、仏間の様子はうっすらとわかりましたが、
お仏壇の前に供えていた白いお団子が見えません。あーもうひっくり返しちゃったの
か、と思って暗がりの中、よく目を凝らしてみると、キジトラは仏壇をにらんで唸っ
ていました。そしてお団子が見えないわけも判りました。真っ黒い餓鬼が何体も、そ
のお団子の山に群がっていたのです。赤ちゃんくらいの大きさですが、手足が細く長
く、頭とお腹だけが丸々と。それらがお団子を口に?運んでいましたが、食べると青
白い火みたいになって、その照り返しで顔がおぼろげに見えるのです。その時はただ
お化けだ!と思いましたが、後で調べたら、典型的な餓鬼の絵にそっくりでした。3
体以上はいました。私はびっくりしてその場で気を失ってしまいました。

翌朝早く、布団がなくて寒くて目が覚めると、私は仏間と寝室の間に寝そべっていま
した。あー寒いと思って布団に戻って、そこで昨晩見たものを思い出してゾクっとし
て、お仏壇の前に見ると、お団子は全てドロドロに溶けてしまっていました。猫がお
しっこを掛けたんだとか言っていましたがおしっこの匂いはしませんでしたので、祖
母に昨晩見た話をすると、「そりゃ昔の飢え死にしたご先祖様じゃないの。お腹を一
杯にしてもらったから悪さはしないよ」と言ってくれました。

でも私には気になることがありました。照り返しでおぼろに見えた顔の中に、小2の
時に仲良しだった友達の顔が見えた気がしたのです。彼女は親がパチンコに狂って生
活保護を受けていて、幼稚園に通っていませんでした。それで小1の時からいじめら
れていて、小2で同じクラスになった時に仲良くしていたのですが、小2の年末にご
飯も食べさせてもらえずに半裸で家から締め出されて凍死してしまったのです……
あの餓鬼の頭でキラっとしたパッチンどめは、彼女のお棺に入れたものだったと思う
のです。彼女はもう極楽にいるんでしょうか。いてくれるといいなぁと思います。
長文失礼致しました。


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