[32歳が見せる幼さ]
前頁

…やがて、工場の方から後輩の工員達がやってくると、脈絡もなく同じ台詞を口にする。
“この職場には頭のおかしい人しかいねー”
こちらを見ながら。
…私は何も聞かなかったふりをするしかない。工員達も流石に無言だった。

…職場の外へ行き昼食を取ると、尾けてきて様子を窺っている。
…私は何も見なかったふりをするしかない。

…事務所の即金(すぐ使える予算・現金)を管理していた後輩社員が、
“正社員のいなくなる”昼休みに事務所を施錠し、
管理を厳重にするよう色Mから命令されていた。
どうやら、金がなくなったらしい。…。

…別の日、昼食を終えて事務所へ戻ると、自分のロッカーの辺りから素早く
立ち上がる人影が見えた。少し慌てた様子でニヤニヤと自分の席に戻る色M。
まさか…と思って鞄を調べると、ジッパーの位置や物の配置が変わっており、
明らかに誰かに荒らされた形跡があった。
…既に警察を呼ぶべき段階だとは思ったが、盗まれたものもなく、またもう何を
言う気力もなくしたため放置した。
さらに言うと、後輩社員のロッカーがなぜか半端に開いており、その扉で
奥にいた自分の姿が事務所入り口付近から目視できないようにしてあった。

どっかの犯罪者が工作に利用したらしい後輩社員のロッカーを代わりに閉めてやりながら、
私はネームプレートに記された“よちだ”の文字を見上げた。
後輩はそんな名前ではないが、これも色Mが会社の備品であるロッカーに
そのネームプレートを勝手に貼り付けたということらしい。


幾度となく呟いた“この会社には頭のおかしい人しかいねー”て台詞は、
…果たして本当に、ただの嫌がらせの皮肉だったのだろうか。

…その後すぐ、私は契約期間をどうにか終了し、小さな事務所から去った。
色Mがどうなったか、放置を続ける上司と後輩社員達がどうなったかは知らない。
それでも、たまに思う。

今でもあの異常者は、誰かに向かって
“この会社には頭のおかしい人しかいねー”
と彼にとっての真実を呟き続けているのだろうか、と。


次の話

Part143menu
top