[めがね]
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あるホテルの一室で、女子大生が両目をくり貫かれて倒れているところを発見された。
目からは血が噴出し、見るも無残な姿だったが、病院にかつぎこまれて奇跡的に一命はとりとめた。
犯人の姿はなかった。彼女の体を調べると、犯人は彼女に麻酔を打って、意識を失っているうちに
眼球をくり貫いたらしい。犯人は裸で犯行を行い、血をシャワーで流し、そのまま服を着て逃走したと思われる。
遺留品は見つからなかった。
「よく覚えてないんです。」
 彼女は消え入りそうな声で言った。
「・・・でしょうね。でもね、彼、偽名だったんですよ。」
「え?」
 警察の声に彼女は驚いた。
「住所も戸籍も全部ニセモノ。まぁ、犯人はその、あなたの彼氏だとは思うんですがね。」
「そんな・・・じゃぁ・・・」
「何か彼についておかしなところは無かったですか?特徴とか・・・」
 彼女は少し考えてこう言った。
「あ、そういえば・・・」

彼には、男にあるはずのもの・・・男性器がなかった。つまり、変装した女性だったのだ。
「その人物に覚えはありませんか?」
 彼女には思い当たる節があった。
「先輩・・・?」
 高校時代の、彼女に告白した先輩は、卒業後に医療系大学へ行った。麻酔の知識もあるだろう。
でもまさか、あの先輩が変装し、自分の彼氏になっていただなんて・・・
「信じられない・・・でもなぜ?」
 警察は彼女に、犯人はすぐ見つかるから、と挨拶をして病室を出て行った。
光を奪われた彼女は、途方にくれた。これから、どうやって生きていけばいいんだろう?

 高校では、授業の一環として障害者体験をしたことがある。アイマスクをして、ペアの学生に
付き添われながら5、60Mを歩くのだ。途中に段差があり、彼女はつまづいて転びそうになり、
ペアの学生でなく、近くにいた別の学生にしがみついてしまったことがある。
いまの状態で、大学へ再び通えるのだろうか?いや、のちのち就職するとして、
自分のような人間を雇ってくれる場所はあるのだろうか?目が見えない職種といったら・・・
彼女は、そんな考え事をしているうちに尿意をもよおした。
「どうしよう・・・」
 やはり、一人では行けるわけが無い。簡易用トイレ、または紙オムツを使うかと看護士に聞かれたが、
さすがに恥ずかしくて断った。
「やだな・・・断んなきゃよかった。」

 仕方が無いので、彼女はナースコールを押す。
カツカツと廊下に足音が響き、病室に看護士が入ってきた。
「真那子さん、呼びましたか?」
 女性の声だ。
「はい、トイレに行きたくて・・・」
「じゃぁ、途中まで送りますねー。車椅子使いますか?」
「いえ・・・大丈夫です。歩けるし。」
 彼女がそろそろとベッドから降りようとした時、少しよろめいてしまった。
「あ」
 とっさに看護士にしがみつく。
「す、すいません。」

「いいえ、こちらこそ」
 にこやかな笑顔が見えてきそうな、そんな声だった。
「こちらこそ、ごめんなさい。」
「え・・・?何がですか?」
突然、看護士の息が耳元にかかる。
「でも良かった・・・とったほうが綺麗だった。」
「な、何がですか」
 彼女は周りの様子がわからない。看護士がどこにいるかも。おおよそ違う方向へ、その声に返答した。

「何がですか?!」
「だから・・・あなたのめがね、とったほうが綺麗。」
「・・・」
耳元からささやかれた甘い声が、頭のなかをぐるぐると行ったり来たりする。
「あなたのめがね、とったほうが」
「あなたのめがね、とったほうが」

「あなたの眼がね、採ったほうが」

「!!!」

「あなたの眼がね、好きだったの。いまでも綺麗に飾ってあるのよ?」
 おもむろに、彼女と看護士は歩きつづける。
「昔は看護婦って呼ばれてたけど、看護士って職業名に変わったの。なぜだかわかる?」
 言葉が出ない。
「ちかごろ男性も多いのよ。」
 ただ導かれるままに、廊下の外へでた。
「なぜダメだったか、あれからよーく考えたの。でね、あたしが女だったからなんだね。そうだよね?真那子ちゃん
あたし、もっと頑張って、身も心も男になるから。」

 ちょうど二人三脚のように、ふたりはトイレへ続く廊下を歩いていった。

「これからは一緒だよ。あたしが、あなたの光になるから」

真那子さんには、光が無い。


   長文&連続登校失礼しましたー。では。


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