[ミルクのみ人形]
前頁

そんな恐ろしい夢が続き、私も随分とひどい鬱状態になっていた。
それがあれの仕業だと気づいたのは、昼間、うとうとと昼寝をしている時のことだった。
寝ているような起きている様な半覚醒の状態で私はまたしてもあの夢を見た。
「ねてる?ねてる?そろそろかな?そろそろかな?」
と話す子どもの気配を感じ、私はなぜか
(これはあの人形なんだ)
と目をつぶりながら思った。
なぜそう思ったのか説明もつかないし根拠もない、だけど絶対にそうだと思った。
…正確にいうとそうじゃないのかもしれない。
私の顔を覗きこんで執拗に私が寝たかどうかを確かめに来るそいつは”あのミルク飲み人形”ではなく、”ミルク飲み人形の中に潜んでいる何か”なのだと、そう思ったのだ。

こんな話、誰にも話せるはずがない。頭がおかしいと思われてしまうのが嫌だったので黙っていたけれど、二段ベッドの下で寝ている妹も何か不穏な気配を感じているかもしれない。
そう思って尋ねてみても、妹は不思議そうな顔をして「話し語なんかしなかったよ」といつもと変わらない様子で答えた。
ミルク飲み人形が怖くて怖くてたまらず、早く何とかしなくちゃと焦るけれど具体的にどうすればいいのかなんて子どもの私にわかるわけがない。自分が狂ったのではないかと怯え、本当に頭がおかしくなりそうだった。

どうして私だけが聞こえるのか、どうして私の元にだけ彼らはやってくるのか。
昔、ぼんやりとだけれど女性の幽霊を見たことがある。もしかしたら霊感というやつがほんの少しだけ私にあったのかもしれない。だから闇の中に潜む何ものかの気配を感じ取ってしまったのだろうか。
数日たった日の夜、また彼らがやってきて私の耳元でざわざわと話し始める。
目を閉じていたので実際見たわけではないけれど、気配で20人くらいはいたと思う。
とにかく部屋中人の話し声で溢れ、耳を塞ぎたくなるくらいの騒々しさだった。
その中の5人くらいがかならず私の枕元で「ねてる?ねてる?」と話しかけてくる。
私の顔を見ているのは、やはりあの人形だと思った。そいつは子どもの声でこう言った。
「おきてるよ、おきてるはずだよ」
すると周りの声も反応して
「おきてるよ、おきてるね」と一斉に話し出す。無邪気さの中にはっきりとした悪意と感じた。
「そろそろいいよね、もう入ってもいいよね?」
「入ってもいいかもね。入ってみる?入ってみようか?」
「入ろうよ、入ろうよ」
その時、私は「こいつらに体を乗っ取られるかもしれない!」という恐怖で悲鳴を上げそうになった。
でも相変わらず身体は金縛りにあったように動かせず、ただビクビクと震えるだけ。
ほんとにこのままではダメだと思ったので、初めて知っている限りのお経を頭の中で必死に唱えた。
子どもだったので本格的なお経を知っているわけでもなかったけれど、それでも知っている限りの言葉をかき集めて必死に唱えた。

気がついたら朝だった。今でもあれは夢だったんじゃないかとぼんやり思う。
いや、夢だったと思い込みたいのかもしれない。
それからすぐに私たちが住んでいる借家が取り壊しになることになり、私たち一家は新しい新築の家に引っ越した。あの人形はどうしたかというと、引越しの最中消えてしまった。
引越し作業に乗じて母が処分したかもしれないし、もしかしたら押入れの中に今もひっそりとしまわれているのかもしれない。不思議なことに新しい家に引っ越してからはそうした怪現象が起こることはなくなった。
古い家だったのでそういった何かも関係していたのかも。
今思えばおかしな話だけれど、どうしても説明がつかない妙な体験だった。
そのまま存在を忘れていたけれど、先日このスレの存在を知り思い出したので書き込んでみた。
長年誰にも言えずに胸に抱え込んでいたことを話せてすっきりした。長文失礼しました。


Part141menu
top