[山が震える]

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「あれはお前だ」
違うって。
「間違いない。右足にギプスはめてたし」
俺はつい自分の足元を見つめた。
そのプラスチック製の固定具を、当時の俺は外す事が出来なかった。
手術によって切れた腱を繋ぎ、ギプスを取る事になったのは半年ほど先の事である。
……別に、世界で俺だけが足にギプスをハメてる訳じゃない。
見間違いだ。
「お前だ」
堂堂巡りだった。



と言う話を、その後高校の時に別の友人に話した。
世の中の無駄トリビアを日々探し回って生きているような男である。
仮のコイツを仮にBとする。
中学の時に小雨の中元気に走り回ってたのをAとするか。
……最初にそう書けば解りやすかったなぁ。
「ドッペルゲンガーだ」
嬉しそうに言うが、俺だってその程度の言葉知ってるぞ?
山が増える云々ってトコからまず胡散臭いし、何もかもAの見間違いで間違いないヨタ話だと思うんだがな。
「実際問題、山が増えたり減ったりする事は無いなぁ、確かに」
当たり前だ。測量の人が泣くぞきっと。
「だから見間違いじゃ無いとすると、そういう風に見せて、呼び寄せてたのかもね」
何がよ? 俺のドッペルさんか?
「○○山って知ってるかい?」
知らないよ、お前も大概唐突だよな。
どこの山だよ。
「この町の山らしいよ。らしい、ってのはどの山なのか俺も知らないからだけど」

町史を調べていた時に、こんな伝説を見つけたらしい。
昔、合戦で敗走してきた○○と言う武士が、山の中に潜んでいたが見つかって殺された。以降、その山はその武士の名で呼ばれる事になったのだが。
ある時から、その山に「旗」が立っている事がたまにある。
その旗を見てしまった者は、三年以内に死んでしまうと言う。

リングか。不幸の手紙なのか。
「いついつまでに死ぬ、って話は大昔から世間で好まれてた話だし」
滅べ、そんな世間。
「この辺で戦って言うと……源平合戦の初期か、水軍衆の争いかなぁ?」
で、その伝説とAの話がどう関係あるんだ?
「ほとんど関係無いけど、○○山ってのが『本来は見えない山』なのだとしたら。実際にこの町のどこにあるのかさっぱり解らない理由も解るなあ、って」
Bは愉快そうに言った。
「んでもって……この伝説と、良く言われるドッペルゲンガーの話には妙な関連性が、一つだけあるよね?」
お前が行って確かめれば面白かったのに、どっちが消えるか見物じゃないか……等と尚も何か訳の解らない事を言っていたが、そこは聞き流した。

「もっと関係無い話がある!」
Bが思い出したように言った。
関係無い話ならしなくていいんじゃ無いか?
ものすごく話したそうなのは、何でなんだろう?
「図書室の隣の資料室な、俺図書委員だから自由に出入りできるんだけど。
って言うか、○○山の伝説はそこで見つけた話なんだけど、同じ本に、
やっぱりこの町の山の話があって」
この町の山は不思議だらけなのか?
Bが語りだす。

夜、真っ暗闇の滝壷にある時、ふーっと焙烙鍋が降りてくる事があると言う。

……俺は続きを待った。
「…………」
……Bさん?
「いや、降りてくるんだって」
うん。それで?
「いや。それだけなんだよ! すごくねぇ? 二、三行だけの文章で
そういう伝説を紹介して、『何とも幽玄な光景では無いか』とか
大真面目に感想書いてるんだよ」
俺はお前がどうしてそんなに嬉しそうなのか、それが聞きたい。
「でも、考えてみりゃあ、幽霊だって大抵は出てくるだけだぜ?
誰もこの鍋だけを責められないだろ?」
霊と鍋(ナベの霊?)を一緒にするな。霊と、霊の事を一生懸命考えてる人に
なんだか物凄く失礼な気がするから。

以上、蛇足。


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